「年収900万円→工場夜勤バイト」57歳男性の綻び それでも高級分譲マンションに住み続けるワケ

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「もう普通の就職は難しいかもしれない。最近はこのままアルバイトを掛け持ちするしかないと思うようになりました。家族に戻ってきてもらうためには、がんばり続けるしかない」

イサオさんの話を聞いて思った。誰を責めることもできないと。

くも膜下出血は誰しもが遭遇する可能性がある。イサオさんは「(以前の勤務先は)単身赴任の多い会社ではありましたが、激務ではありませんでした」といい、くも膜下出血と労務環境の因果関係を否定する。見た目でわからない高次脳機能障害への理解はいまだに十分とはいえず、診断されるまでの10年間はイサオさんも不安だったろうが、家族もつらかったはずだ。

偶然妻を見かけたが、声はかけなかった

家族との関係は修復できそうですか? そう聞いてみた。イサオさんは少し間を空けて「難しいと思います」と答えた。そしてこう続ける。

「しばらくは別居先の妻の住まいに手土産や、誕生日に花を送ったりしましたが、そのうち宛先不明で戻ってくるようになりました。住民票を調べたのですが、閲覧制限をかけられていました。実は一度だけ街中で偶然妻を見かけたことがあるんです。でも声はかけませんでした。私には会いたくないだろうなと思ったので」

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取材で話を聞いた日も、イサオさんは夜勤で、出勤前に一度自宅に戻るという。いつも帰り道の途中にある神社に立ち寄り、家族が戻ってくるようにと願って100円を賽銭箱に入れるのだと教えてくれた。この日もお参りするのだといい、「もういくら費やしたかわかりません」と笑う。

イサオさんの手に握られた100円玉と、だれも帰りを待つ人がいない高級マンション。絶望とわずかな希望が交錯する。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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