実は、この問題の研究をリードしてきたのは日本だ。2006年には東北大学を中心とした研究チームが「大地震のあとの地域医療:エコノミークラス症候群」という論文をアメリカの『Disaster Management & Response』誌に発表、疾患概念を提唱している。2004年に発生した新潟県中越地震での経験に基づく議論の結果だ。
被災者の深部静脈血栓症に関する研究が進んだのは、2011年の東日本大震災以降だ。2012年には宮城県の石巻赤十字病院の研究チームが、『The Tohoku Journal of Experimental Medicine(TJEM)』に8630人の東日本大震災の避難者を対象とした調査結果を発表した。
深部静脈血栓症の頻度は10%弱
この報告では、701人が超音波検査を受けたところ、190人に深部静脈血栓症が確認されたという。これを受け、彼らは頻度を2.2%と推定した。
ただ、本研究では一部の被災者しか検査を受けていない。筆者は2.2%という数値は氷山の一角である可能性が高いと考える。
事実、旭川医科大学を中心とした研究チームは昨年9月、『Annals of Vascular Diseases』にこんな研究結果を発表している。北海道胆振東部地震で避難した195人に超音波検査を行ったところ、19人に血栓を確認したというのだ。深部静脈血栓症の頻度は9.7%になる。
現在、世界各国で被災者を対象とした深部静脈血栓症の研究が進んでいる。昨年2月、イランの研究チームが、これまでに発表された267の論文を調べ、そのうち詳細な解析が可能と判断した12の論文の結果をまとめた研究(メタ解析)をイギリスの『Disaster Medicine and Public Health Preparedness』誌に発表した。
この研究での深部静脈血栓症の頻度は9.1%だった。旭川医大の研究結果に相当する結果だ。看過できない数字である。
ただ幸いにも、前述したように深部静脈血栓症の予防法は確立している。まずやるべきは、被災者に深部静脈血栓症対策の重要性を伝えることだろう。これはメディアの役割だが、残念ながら十分ではない。
筆者は新聞データベースの「日経テレコン」を用いて、能登半島地震が発生した元日から1月4日までに、全国紙5紙に掲載された「エコノミークラス症候群」という単語を含む記事を調べたところ、わずか5つしかなかった。「血栓」を含む記事も4つだった。
もちろん、メディアにも同情の余地はある。行方不明者の捜索や被災の現状を伝えるのに手一杯で、深部静脈血栓症対策に言及する余裕がないのだろう。ただ、これではいけない。救える命を失ってしまう。メディア関係者の奮起に期待したい。
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