「犬神家の相続」が近代日本の発展と終焉を示す訳 金田一耕助は「等価交換の男」ではなかった   

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物語の舞台は信州長野。時代背景は太平洋戦争で日本が敗戦から2年が経った1947年だと考えられています。犬神家はその土地の一大製薬会社です。映画は、会社を一代で築き上げた犬神佐兵衛が亡くなるシーンから始まります。巨万の富を築いた彼が亡くなるということは、遺産相続の問題が巻き起こることを意味します。佐兵衛翁には男子の後継はおらず娘が3人いましたが、彼は生涯妻を持ちませんでした。その3人の娘はそれぞれが別々の妾の子だったのです。妾とは正妻のほかに愛し、扶養した女性のことをいいます。

江戸時代、特に武家社会では家の継承者として男子を得ることが強く望まれていました。正妻に男子が生まれない場合は養子として迎えることもありましたが、妾を囲うことで男子が生まれる確率を上げようとしました。明治時代になり一時的に妾は制度として認められましたが、近代化の過程において1882年に廃止されました。しかし戦前まではその伝統は残っていましたし、戦後も「愛人」という名前で存続していました。佐兵衛翁はこの伝統を引き継いでいたといえます。

莫大な遺産を相続するに際して、佐兵衛翁は遺言を残します。この遺言の管理は会社の弁護士に託されていました。しかしその法律事務所に勤務する男性が、弁護士にも内緒で探偵の金田一に調査を依頼します。男性は「犬神家に容易ならざる事態が起こりそう」だというのです。娘の3人やその家族などが集まる場で遺言状が開封され、男性が予測したとおり、怨嗟渦巻く遺産相続問題の中で連続殺人事件が起こっていくというのが筋書きです。

現代の人権感覚では考えられない存在

連続殺人事件の顛末はネタバレになってしまうので明らかにしませんが、本作で巻き起こる事件の問題の根幹は妾の存在にあります。もちろん妾は現代の人権感覚であればあってはならない存在です。

しかし前近代における上流階級の社会では家を存続するためには、妻は一人ではなく複数いることが必要でした。妾は女性の人権を完全に侵害しているわけですが、男性だって長男であれば家を継がねばならなかったり、次男以下であれば家を出なければならなかったり、そもそももし戦が起これば戦いに行くのは男性だったりするという意味で、全く「自由」は尊重されていませんでした。

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