人間が楽しむには別の人の犠牲が必要
1人の人間が楽しむには、その裏で支えてくれる別の人の犠牲が必要です。 幼いときの遠足で、子どもたちは楽しむだけなのに、その裏では早朝から子どもの弁当やカバンの準備をしてくれるお母さんの苦労があったのと同じです。
ところが、幼いころから母親が世話をしてくれるのが当然の環境で育ってきた人たちは、実際に結婚生活が始まると、幸せは誰かがつくってくれるものではなく、なんらかのかたちで努力をしなければ得られないことをつきつけられます。
問題は、退屈でつまらないことが毎日繰り返されるので、やりがいを感じられないことにあります。そのため、こんなに大変な思いをしているのに、それをわかってくれない相手が冷たく感じられ、本当にわたしのことを愛しているのだろうか、ひょっとして楽をしようと思って結婚したのではないか、と疑うようになります。
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【愛しているなら、楽をさせてくれるべき?】
