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シャープに捨てられた子会社の復活劇/1年で売上高が6割減、さらに身売り話、それが今や地元で「一番勢いがある」企業に

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新潟電子工業
シャープの子会社から独立した新潟電子工業の本社(上)。工場内で作業する従業員(左下)。独立と成長を率いた岡﨑淳社長(右下)(本社写真は新潟電子工業提供、ほかは筆者撮影)
電機大手を中心に事業再編に伴うリストラが相次いでいる。三菱電機は3月15日付けで約4700人の希望退職を実施、パナソニックホールディングスも2026年度までに行うグローバルでの人員削減が1万2000人規模になると明らかにした。シャープも、中小型液晶パネルを製造する亀山第二工場を8月に生産停止するのに伴い、1000人超の希望退職を募る予定だ。
めまぐるしく変わる事業環境に適応するため、大手企業のポートフォリオが変わることは必然ではある。一方で「再編される側」もそれぞれの事情に応じた生き残り策が必要だ。10年前、経営危機のシャープ子会社から独立を果たした新潟の中小企業を追った。

水田が広がる新潟平野に、ひときわ新しい2階建ての白い建物が建つ。太陽光発電向けパワーコンディショナーやLED照明などの電源装置を作る新潟電子工業は、もともとシャープ子会社として液晶テレビの電源を主に製造していた。売り上げのほぼすべてがシャープ向けで、同社の液晶テレビの多くに新潟電子工業が作った電源装置が使われていたという。

親会社が安泰である限り、新潟電子工業も安定した経営を続けられるはずだった。ところが、2010年代にシャープの経営が悪化すると状況は一変する。10年度は242億円あった売り上げが、翌11年度は6割以上減り、84億円にまで落ち込んだ。経常利益も一気に赤字に転落する。

自分たちを見捨てた本社を見返したい

業績が急降下した背景には、シャープがより安価な中国などほかの調達先へ切り替えたことがあった。「なぜこんな仕打ちを受けなくてはいけないのか」。シャープからの派遣で11年に社長に就いた岡﨑淳氏は、やりきれない気持ちだった。

岡﨑氏はシャープで長く働いてきたが、LED事業をめぐる社内対立に敗れ、「左遷人事」で新潟へやってきた。新潟電子工業はシャープ子会社だが、社員は社長を除きすべて現地採用。社長だけが親会社から派遣される仕組みだった。

LEDの技術開発一筋でやってきた岡﨑社長のアナログ電源の知識は「オームの法則くらいしか知らない」状態。いわば「よそ者」で、社長就任後の1年は夜な夜なひとりで飲み歩いた。

とはいえ、社長として経営危機を見過ごすわけにはいかない。岡﨑社長はシャープの事業所を回って液晶テレビ向け以外の仕事がないか尋ね回った。しかし、芳しい回答を得ることはできない。「このままではこの会社はやっていけない」と、シャープ以外への自社製品の外販を始めることにした。

岡﨑社長は当時を振り返り、「『こん畜生』という気持ちしかなかった。とにかく新潟のやり方で本社を見返したかった」と話す。なにより心を動かされたのは従業員たちの姿勢だった。「これだけ売り上げが減っても、苦し紛れに取ってきたシャープの仕事でも、文句ひとつ言わず黙々と仕事をする」。

ただ、付け焼き刃の対応がうまくいくはずもない。そうこうしているうちに、業績はみるみる悪化。社長就任時には良好だった財務状況も、13年度末には債務超過ギリギリまで追い込まれた。

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