「ダルビッシュの相棒」が見た非凡なる才能の裏側 元専属キャッチャーが感じてきた「一流の哲学」

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2011年2月の春季キャンプ。12月と1月の完全オフ期間を経て会ったとき、信じられないくらい体がデカくなっていて驚きました。1回り、2回り大きくなった体から繰り出される重いストレートは、「ダルビッシュ史上、最強の球」でした。例えるなら「ピュッ」という切れ味鋭いピストルの弾丸から、「ズドーン!」という大砲の砲弾になったような衝撃をミット越しの左手に感じました。

実際に2010年の12勝から2011年18勝にグレードアップしましたし、2012年メジャー1年目には16勝をマーク。「パワーから生まれるテクニック」を証明しています。

私は興味を抱いて、2011年中からウエイトトレーニングで大きな負荷をかけてみました。食事を大増量し、プロテインもサプリメントも積極的に摂取しました。体重は8キロ増の83キロ、2012年の好成績に反映したのです。

しかし、食事量を増やすのは大変で、私は長続きしませんでした。ダルビッシュ投手がみずからをストイックに徹底管理して食事増量を継続していたのには、改めて感心したものです。

投げることへの責任感

2009年11月1日の日本シリーズ、対巨人第2戦。左臀部の痛みに苦しみ、キャッチボールのような投球。ふだんは多投しない100キロ台のスローカーブを有効に使い、6回7奪三振2失点で切り抜けて勝利投手。お立ち台で「一世一代の投球ができた」と、珍しく自画自賛したヒーローインタビューを覚えているファンの方も多いのではないでしょうか。

のちに右手人差し指の疲労骨折も判明しました。無理をして、あの試合で折ったのだと思います。

あのとき、ペナントレース終盤の9月20日の登板後、クライマックスシリーズも含め、1カ月以上まったく投げていなかったのです。だから「ぶっつけ本番」で、ナインはみんな「投げられるの?」と半信半疑でした。私は試合前のブルペンで、キャッチボールをしました。

「ツルさん、座ってください」

座っても、キャッチボール投法は変わりません。

「えっ、きょうこんな感じでいくの? いつ本気で投げるの?」

「これしか投げられません。スローカーブを使っていきましょう」

ストレートは130キロしか出ない。バッターの反応を見ながら、指先、手首、腕の力加減でスローカーブを微妙に変えて、タイミングを外して打ち損じさせるしかない。

そう覚悟したのだと思います。

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