「大学不合格→エジプト就職」彼が再び受験した訳 道場の先生、現地住む夫妻の言葉で運命変わる

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河江さんは1972年に、ガソリンスタンドを経営している父親と、専業主婦の母親のもと、兵庫県の宝塚市に生まれ育ちました。少年時代は外に出て遊ぶことが多い活発な子どもだったそうです。

勉強面では、「中の下から、中の中くらいの成績でした」と語る河江さんは、スポーツに打ち込む学校生活を送っていました。

「水泳部やサッカー部に入っていました。高校に入ってからはまった武道や格闘技は、今でもライフワークとして続けています」

小学校・中学校と地元の公立校に通っていた河江さんは、高校も公立の宝塚北高等学校に進学します。

「周囲が普通に進学する学校だったので、その流れで自分も大学に行くのかなと思っていました。だから、自分も何を勉強したいかを漠然と考えたときに、歴史に興味があったので古代史、西洋古代史などを学べる大学に行きたいと思ったんです」

そう考えて塾に通いつつ受験勉強をしていたものの、古武道と空手の練習に熱中しすぎたため勉強時間がなかなか確保できず、思うように成績を伸ばせませんでした。

結局、現役時は立命館大学と大手前大学を受験して落ちてしまいました。受験で失敗した河江さんは、浪人を決意します。その理由について「自分の中で、大学に行かずに働くという選択が具体的ではなかった」と河江さんは語ります。

「働いている自分の具体的な姿が思い浮かばなかったんです。仕事をする方法すらわかっていなかったので、働くよりは予備校に通うほうがいいかな、くらいに考えていました」

人生の方向を決めた、道場の先生の一言

また大学受験に落ちてしまった理由を、河江さんは「目的意識がなかったから」と振り返ります。

「勉強していませんでしたし、計画も何もありませんでした。それではまぁ、さすがに落ちますね」

浪人を決意した河江さん。しかし予備校通いをするか迷っていたようです。そんな河江さんの人生の方向を決定づけてくれたのは、当時通っていた古武道の道場の先生でした。

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