公務員だった両親は聴者だった。女性は幼稚園と小学校1年まではろう学校に通ったが、「聴者に慣れてほしい」という親の希望で、小2から一般の公立小学校へ転校したという。
「体育館のステージに立ち、ろう学校と違ってたくさんの子どもが並んでいるのを見て、とてもワクワクしたのを覚えています。好奇心旺盛な子どもでした」
補聴器をつければ、少しの音は聞き取れた。先生や同級生が発する音と、相手の口の動きや表情、しぐさ、文脈などから意味を推し量り、少しずつコミュニケーションがとれるようになったという。
ただ授業中は、教壇から説明する先生の言葉は、距離があってほとんど聞き取れなかった。しかし勉強に関しては、あまり問題にならなかったという。学習の内容は、教科書を読めばほぼすべて理解できたためだ。
「ドリルやテストはだいたい満点でした。でも、テストは内容と時間を一方的に決められるので好きじゃなかった。夏休みの宿題は一日で終わらせていましたね。英語は、発音記号から(音を頭でイメージして)覚えていました」
「聞こえる」のにできないのが不思議
小学6年の時の通知表を見せてもらった。ほとんど「◎」の中で、5カ所だけ1〜3学期を通して「○」の項目があった。例えば国語では、「聞き手にも内容がよく味わえるように朗読する」「細かい点に注意して内容を正確に聞き取り、自分の意見や感想をまとめる」の項目は「○」。音楽では、「音の響き合いを感じて歌ったり、音色の特徴を生かして演奏したりする」が「○」だった。いずれも、聴力や発話が必要な項目だ。
耳が聞こえず、話すことも難しいのだから、できないのは当たり前だ。それなのに他の聴者の子どもと同じ基準で「○」と評価するのは、あまりに機械的すぎないか。そう思い、「学校ってやっぱり硬直的ですね」と感想を言うと、女性は苦笑いしながら言った。