もう一つが、物をつまむように親指と人差し指を重ね、その手を動かすしぐさ。これは実はオバマ大統領が、最もよく使うしぐさの一つと言われている。
一般的に欧米の政治家では手を広げる、または振り下ろすしぐさなどが多用されるが、日本人にはハードルが高く、また威圧感も与える。このつまむしぐさは、その動作が示す通り、要点やポイントなどを正確に示したいときに使われる。安倍首相はこのしぐさを10回以上は使っていた。大げさになりすぎず、「冷静で正確」というイメージを持たれている日本人らしいしぐさとして、妥当な選択だった言えるだろう。
5. 冒頭の印象の作り方
手元のカンペに目を落としていることが多かったのは大きなNG点だが、それでも最初の30秒はカンペを見ずに、聴衆をしっかり見て話しかけていた。これは非常にポイントが高い。というのも、プレゼンやスピーチにおいては冒頭の印象が非常に大きいからだ。
人の印象は最初の1秒以下で決まるというリサーチもあるほどだが、とにかく、最初が肝心。冒頭の部分は何度も何度も練習を繰り返し、自然に覚えたということか。最初から最後まで手元の原稿を読みっぱなし、という日本人が多い中で、この30秒の努力は小さくない。
6. レトリック
いわゆるレトリックと言われる、表現法の工夫だが、随所にその軌跡が見える。What is done cannot be undone. (行われたことを行われなかったことにはできない)といった反対の言葉を対照的に提示する「対句」、first, last and throughout (最初に、最後に、そしてずっと)といったように3つの言葉を並べる「3の法則」、暗喩や直喩、History is harsh(歴史は残酷だ)等、同じ文字や発音で始まる言葉を並べる頭韻(alliteration)さらに、「繰り返し」などがふんだんに盛り込まれていた。
特に最後の場面では、繰り返しのオンパレード。Hope(希望)、 alliance(同盟)、 better(より良い)といった言葉が何度も繰り返された。Hope はオバマ大統領が演説でよく使う言葉の一つだが、この繰り返しはまさに同大統領を彷彿させる場面でもあった。
7. モードの変化
プレゼンやスピーチにとっての最大の敵は「無変化」である。棒読み、棒立ち、これが一番よくない。声にバリエーションを持たせたり、間(ま)を入れたり、といった変化をつけることが重要だが、これはなかなか難しい。安倍首相も、同じ声域、トーンに終始しており、大きな変化をつけるまでにはいかなかったが、意図的に、雰囲気に変化をつけた場面があった。
スピーチはテーマ別におよそ10のパートに分かれていたのだが、最初の「アメリカと私」「アメリカ民主主義と日本」というパートでは明るい調子だったのが、「第二次大戦メモリアル」という戦争の話に移った途端、厳粛なモードの話し方に切り替わった。その次の「過去の敵が今日の友に」という話が始まると、また、明るいモードに戻ったのだ。小さな変化ではあったが、思いや情熱、訴えたい内容によって、醸し出す雰囲気を変える、というのもプレゼンの高等テクニックだ。
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