リベラルな社会にこそ「保守の価値観」が必要な訳 多様性が「対立」ではなく「共存」するための条件

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佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家・作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1990年代以来、多角的な視点に基づく独自の評論活動を展開。『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『新訳 フランス革命の省察』(PHP研究所)をはじめ、著書・訳書多数。さらに2019年より、経営科学出版でオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻を経て、現在『2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻が制作されている(写真:佐藤健志) 

両者は何が違うのか。中産階級のヒッピーには、社会を全否定できるだけのゆとりがあるんですよ。ところがパンクの場合、社会の崩壊はすぐ自分の懐に響いてくる。貧しく抑圧されているのだから、反抗するのは必然としても、社会への尊敬もまた必然だった。リンド風に言えば、まさに「拮抗力」が働いているのです。それも内面で。

ロックはこのような反抗と尊敬の葛藤から生まれたのですが、人気が高まって大金が動くようになると、どうしても中産階級化、つまりヒッピー化が進む。尊敬なしの反抗に走ってしまったものの、これでは長続きしません。

かくして1970年代前半、ロックは停滞に陥るのです。当の状態に活を入れた「パンク・ロック」が、アメリカ以上に階級格差の際立つイギリスで生まれたのも偶然ではないでしょう。

その意味でパンクの精神にこそ、対立と葛藤を統合に導く多元主義の基盤が見出せるかもしれない。現にロックンロールは、貧しい白人の音楽であるカントリーと、黒人の音楽であるブルースが融合したもの。エルヴィス・プレスリーが「黒人の音楽性と、黒人の感触を持った白人」と位置づけられたのは有名な話です。つまりエスニックの枠を超えている。

リンドが満足な処方箋を提示できないのも、労働者階級をロマンティックに美化したあげく、物の見方が一面的になったせいかもしれませんよ。これはエリートが民衆に肩入れする際の通弊です。

ただしアメリカには、管理者エリートへの抵抗が広まるのを阻害する要因もあります。『怒りの葡萄』で知られるノーベル文学賞作家のジョン・スタインベックいわく。

「なぜアメリカには社会主義が根づかないのか。この国の貧しい人々は、自分たちを搾取に苦しむプロレタリアートではなく、一時的な不運に見舞われた億万長者だと思いたがるのさ」。ボロを着ていても心は管理者というわけながら、これでは階級闘争になりません。

慣習や文化による連帯意識が秩序を安定化させる

:中野さんの主張に重ねると、リベラルと保守の連帯意識の違いは、リベラルが政治的原理への同意に基づく連帯を強調する一方、保守は慣習や文化など、半ば無意識なところで培われてきた連帯意識に着目し、それを重視するという点です。保守は、こうした慣習や文化に基づく半ば無意識の連帯意識がなければ、安定した秩序を維持できないと考えます。

『ナショナリズムの美徳』を書いた保守派のヨラム・ハゾニーが、保守主義は秩序の哲学だといっています。リンドのいう民主的多元主義もネーションの重要性を認識している点で、共通していると考えられます。

大戦時にも、社会主義者は階級闘争がネーションを超えると思っていましたが、結局、階級の絆よりもネーションの絆のほうが強く、ネーションのほうが階級を超えてしまいました。

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