以下では、行動経済学の代表的な理論をいくつか取りあげ、祈りの根拠を探ってみたいと思う。
健康な人も儲かっている会社も祈る不思議
病気の人が快癒を願って祈るのは理解できるし、商売がうまくいかない会社が儲かりますようにと祈るのはわかるような気がするが、祈禱寺の住職の話では、実際のところそうとは限らないようだ。健康な人も健康祈願をするし、儲かっている会社も商売繁盛の祈禱を依頼するという。
だが、これを欲深さゆえの所業だとみなすのは短絡的である。行動経済学のプロスペクト理論を用いると健康な人や儲かっている会社が祈願をする理由もしっかり説明できる。
従来の経済理論では、利得の変化を引き起こす出来事に直面したときの人間の行動を説明する際、その人の現時点での経済状況に応じて出発点を設定する。したがって、金持ちと貧しい人、あるいは健康な人と病気の人では出発点が変わる。
しかし、プロスペクト理論では、人間がアクションを起こすときの出発点はすべて同一と考える。すなわち、アクションを起こす際の状況を「参照点」とみなし、そこからの変化に対する評価に注目するのである。
プロスペクト理論のもう1つの特徴は、参照点と比べて利得が増えることの評価値よりも、利得が減ることの評価値のほうを大きく感じるという点だ。そして、損失の回避を優先させるあまり、あえてリスクの高い選択を辞さないことも起こりうる。
この考え方に基づけば、祈願のインセンティブが明らかになるだろう。祈願はリスクをヘッジするための保険ではない。むしろ損失そのものを回避したいという欲求の現れである。つまり、健康祈願をする人は、病気になったときに利得を失うことを避けたいのだ。そのため、寺社に行き、その失われる利得の評価値に祈願料を納めるという行動に出るのである。
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