お金が「人の価値観を狂わせてしまう」明確な根拠 一見効果的な金銭的補助によって何が失われるか

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「お金」で人間の「意欲」はそがれてしまうのです(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)
20世紀の理論に則ったこれまでの経済政策では、人々の行動を変えるためには価格をつけること、価格を「適正」にすることが確実な方法とされ、金銭的インセンティブが人々の行動にもたらすプラス面の効果に注目がいくばかりで、マイナスの面の影響はなかなか取り上げられてこなかった。
金銭的インセンティブが社会にもたらすデメリットとは?
「成長しなくても繁栄できる『ドーナツ経済』の正体」(8月1日配信)に続いて、従来の成長依存から脱却し、限りある地球上の資源の中で、全ての人が幸福に暮らす社会を築き上げることを目標とするという経済モデルを提唱するケイト・ラワース氏の著書『ドーナツ経済』(黒輪篤嗣訳)より、一部抜粋、再構成してお届けする。

市場とマッチ──取り扱いに注意せよ

従来の経済政策では、人々の行動を変えるためには、相対的な価格を変えるのが確実な方法だとされる。価格を変える手段は市場の創出でも、財産権の譲渡でも、規制の執行でもかまわない。とにかく「適正な価格にせよ」。これが典型的な経済学者のアドバイスだ。それさえすれば、あとはおのずと正されるのだ、と。

確かに、価格の効果は大きい。マラウィ、ウガンダ、レソト、ケニアの4国で1990年代後半から、公立小学校の授業料が無料化された。すると入学者──特に女児や最貧困層の家庭の子ども──が劇的に増え、4国ともすべての子どもに教育の機会を与えるという目標の実現に大きく前進した。

2004年、ドイツ政府は再生可能エネルギーの固定価格買取制度を導入し、個人や機関から小売り価格以上の価格で電力を買い取り始めた。この制度の効果で、風力や太陽光、水力、バイオマスの発電技術への大規模な投資が促され、わずか10年で再生可能エネルギーが国の電力の30%を占めるまでになった。

しかし価格の効果は大きいとしても、価格を「適正」にするという解決法は、当初いわれていたほど単純ではない。20世紀の理論に則った経済学者たちは、価格の効果を過大に評価するいっぽう、価値観や、報恩行動や、ネットワークや、ヒューリスティックスの役割を過小に評価した。

しかし深刻なのは、ものによっては価格をつけられると、台なしになることがあるのを見逃している点だ。特にモラルにもとづく関係によって成り立っていたものに、そういうことが起こりやすい。なぜか? 価格をつけることは、マッチを擦るような行為だからだ。

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