お金が「人の価値観を狂わせてしまう」明確な根拠 一見効果的な金銭的補助によって何が失われるか
価格は火花のようにぱっと強い関心を呼ぶいっぽうで、火花と同じように力と危険の両方を秘めている。市場は──火のように──きわめて効率的に売り買いを促進するが、自制が利きにくい。火がすべてを飲み込んだら、土台そのものが焼き尽くされ、変わり果ててしまう。
この問題を最初に取り上げたのは、1970年代に刊行された社会学者リチャード・ティトマスの『贈り物の関係』だ。この本のなかでは、英米の献血制度が対比され、報酬として金銭が支払われるアメリカの制度に対し、それよりもはるかに成功しているイギリスの制度では、献血協力者は無償で血を提供していることが紹介されている。
この対比からは興味深い問いが浮かび上がってくる。人間にもともと備わっている意欲は、金銭的なインセンティブによって高まるのか、それとも、お金という外的な動機に取って代わられ、失われてしまうのか?
この問いはティトマスの研究以来、ますます切実さを帯びている。社会や自然環境の問題を解決する手段として、現金のインセンティブや支払い制度を使うことが世界的に増えているからだ。
金銭的インセンティブは良い側面だけではない
コロンビアの首都ボゴタで実験的に導入された教育制度の例を紹介しよう。それは中学生の子どもがいる家庭に条件つきで現金を支給するという制度だった。2005年、無作為に選ばれた低所得家庭の中学生の親に、月3万ペソが支払われた。支払いの条件は、出席日数が80%に達することと、学年末の試験に合格することだった。
結果はどうだったか? 支給を受けた生徒は受けなかった生徒に比べ、休まず授業に出席する生徒の割合が3%多くなり、翌年も続けて学校に通う生徒の割合も1%増えた。制度を設計し、実施状況の監視にあたった世界銀行の経済学者たちにとって、この数字は小さいものではあったが、予期したとおりの肯定的な結果だった。
ところがこの制度には予期せぬ負の面があることも明らかになった。兄弟は支給を受けているのに、自分は受けていないという生徒は、兄弟も自分も支給を受けていない生徒に比べ、休まず授業に出席する生徒の割合が減り、退学に至る生徒も多くなったのだ。特に女子にその傾向が顕著だった。兄弟(姉妹)だけが支給を受けた女子は、そうではない女子に比べ、家庭環境に差がなくても、退学する割合が10%も高かった。
そのうえ、退学者が増えるというこの負の影響は、休まず授業に出席する生徒や、翌年も継続して学校に通う生徒が増えるという好影響よりはるかに大きいことも、判明した。この実験的な制度の調査を行った世界銀行の経済学者たちは、この発見──調査のなかで副次的に得られたものだった──を「憂慮すべき」とも、「興味深い」とも評した。自分たちの理論や想定を不可解にもくつがえすものだったからだ。
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