「もともと、理科と数学が好きだったのですが、高専という学校の存在を知ってからは、『そこに通えばもっと理科と数学を学べる!(そして学費が安いので実家を少しは助けられる)』と思い、必死で受験勉強をしました。それまでの自分の成績は決して優秀ではないものの、悪くもないというぐらいだったのですが、高専に進むと決めてからは勉強にも身が入るようになり、成績も上がっていきました」
とはいえ、田舎の学校ゆえ、満足のいくような勉強環境ではなかったという。
「大人になってみて思ったのは、高専には大きく分けて2種類あるということです。1つは田舎にある進学率の悪い学校で、もう1つは関東圏にある『大学進学率9割』みたいな隠れ進学校。僕ですか? もちろん、通っていたのは前者のほうです(笑)。
入学当初は40人いたクラスメイトも勉強しない人が多く、途中で留年や退学したりしていなくなるので、卒業する頃には30人ぐらいに減ってしまい、その中から大学まで進む人は自分を含めて10人程度でしたね」
同級生の中にはギャンブルで身を滅ぼしてしまったり、道を踏み外す者もいたという。そんな中でも真面目に勉強を続けた高瀬さんは、卒業後に関東の国立大学に進学(編入)することができた。
「生命の神秘や起源を追究したり、世界で活躍するような研究者や科学者になりたかったんですよね。高専は卒業すると大学の3年に編入できるので、そこからバイオテクノロジー系の学部に入りました」
実家の経済状況が悪化し、さらに奨学金を頼りに
研究者を目指すということは、必然的に大学院進学を見据えなければならない。しかし、そんな折に実家の経済状況がいよいよ悪化してしまう。
「進学のタイミングと同時に、先ほど述べた北海道経済の悪影響を受けて、父が勤めていた会社の業績が悪化してしまったんです。なんとか潰れる前に脱出できたようですが、その後の仕事が見つからずに出稼ぎの警備員や建設作業員で食いつなぐほかに術はなかったのでしょう。実家に頼ることはできなくなってしまいました」
いくら国立大学とはいえ、理系はお金がかかる。加えて、家賃や生活費のかかる一人暮らしだ。そこで、高瀬さんは奨学金にさらに頼ることにした。
「実際は高専のときから借りていたので、高専・大学・大学院の合計12年間で960万円を借りたことになります。当時は借りられるだけ借りたはずなのですが、結果的には全然足りなかったですね。
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