太宰治、川端康成を「刺す」と怒った"愛憎劇"の真相 日本文学界屈指のダメ男が物騒な手紙を送った背景

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太宰治の銅像
太宰治の人物像に迫ります(写真:topaz☆/PIXTA)
学校の授業では教えてもらえない名著の面白さに迫る連載『明日の仕事に役立つ 教養としての「名著」』(毎週木曜日配信)の第23回は、文豪・太宰治と川端康成の興味深い関係について解説します。
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日本文学界が誇るダメ男「太宰治」

「刺す」

こんな文面を手紙に書いた文豪が、日本に存在していた。――物騒だ。物騒すぎる。誰だよこんな手紙書いたの。本文を読んでみると、なんとこの文面を送られた相手は川端康成。ノーベル文学賞を受賞した、大文豪である。さて、それでは川端康成に「刺す」と書いたのは誰だったのだろう。

答えは「太宰治」。そう、『走れメロス』『富嶽百景』『人間失格』などの名著を書き上げた、あの日本の文豪である。

太宰治といえば、日本文学史が誇るダメ男、いや、クズ男として有名だ。人生で8回も自殺(未遂含む)を繰り返し、しかしそれでも心中するような女性は途切れず、さらに文壇で仲のいい男性の友人たちも多かった太宰治。今だったらTwitterで炎上しているどころの騒ぎではない。というか昭和初期ですら許されていたのか、怪しいものがある。

だが一方で、彼の具体的な交友関係については案外知られていない面も多い。女性と関係を持ちながら、同業者の男性を実は深く愛し、そして愛されていた太宰治。今回のシリーズでは、彼の作品と彼の人となりを追いながら、いったいなぜ彼の作品はここまで人気になったのか? そこを考えてみたい。

まず今回は、太宰治が「刺す」とまで思った、川端康成の愛憎あふれる関係について見てみよう。

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