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太宰治、川端康成を「刺す」と怒った"愛憎劇"の真相 日本文学界屈指のダメ男が物騒な手紙を送った背景

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さらに、ちょうど太宰治はお金に困っていた。芥川賞の賞金がどうしても欲しかったタイミングだったのだ。彼はなぜ俺に芥川賞をくれないんだと落ち込んだ。その末に、冒頭にも挙げた「刺す。」という言葉を使って、川端へ文章を書いたのだった。

「そんなにまっとうな生活がえらいのか!? 小鳥を楽しむような生活を俺にしろっていうのか!?」と川端に対して叫ぶような文章が残っているので、引用しよう。ここでいう「あなた」とは川端のことである。

小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのような、ひねこびた熱い強烈な愛情をずっと奥底に感じた。ちがう。ちがうと首をふったが、その、冷く装うてはいるが、ドストエフスキイふうのはげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかっかっとほてらせた。そうして、それはあなたにはなんにも気づかぬことだ。
私はいま、あなたと智慧くらべをしようとしているのではありません。私は、あなたのあの文章の中に「世間」を感じ、「金銭関係」のせつなさを嗅いだ。私はそれを二三のひたむきな読者に知らせたいだけなのです。それは知らせなければならないことです。(太宰治「川端康成へ」)

……おわかりであろうか。川端康成のことを深く憎みながら、それでいて、川端康成のことを愛し続けている。

「ねえ、そんな冷たくするけどさ、あなたは私を愛してくれているんでしょ!?」「あなたは世間体と金銭関係のために、俺を芥川賞に選ばなかったんでしょ!?」「そんなあなたの愛情を、俺はみんなに知ってほしいんだよ!!」――と川端にすがるような叫びが、太宰の文才で綴られているのだ。

川端康成に愛されたくてしかたがない

ちなみにここでいう「ネロリ」とは、ドストエフスキーの「虐げられた人びと」に登場する少女の名前である。今風に言えば、ツンデレヒロインとでもいおうか。

「その、冷く装うてはいるが、ドストエフスキイふうのはげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかっかっとほてらせた」――こんなふうに公衆の面前で書いてしまう太宰治は、川端康成に愛されたくて、愛されたくてしかたがなかったらしい。そして川端康成に愛されていることを疑いたくなかったらしい。

「そんなにツンデレしないでよ!」という意味で、「はげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかっかっとほてらせた」と書くあたり、キャッチ―すぎて現代のBL小説か? なんて感じてしまうが。これを90年前に書けた太宰治は、やっぱりすごいのだった。

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【第2回はどうだった?】

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