さらに、ちょうど太宰治はお金に困っていた。芥川賞の賞金がどうしても欲しかったタイミングだったのだ。彼はなぜ俺に芥川賞をくれないんだと落ち込んだ。その末に、冒頭にも挙げた「刺す。」という言葉を使って、川端へ文章を書いたのだった。
「そんなにまっとうな生活がえらいのか!? 小鳥を楽しむような生活を俺にしろっていうのか!?」と川端に対して叫ぶような文章が残っているので、引用しよう。ここでいう「あなた」とは川端のことである。
……おわかりであろうか。川端康成のことを深く憎みながら、それでいて、川端康成のことを愛し続けている。
「ねえ、そんな冷たくするけどさ、あなたは私を愛してくれているんでしょ!?」「あなたは世間体と金銭関係のために、俺を芥川賞に選ばなかったんでしょ!?」「そんなあなたの愛情を、俺はみんなに知ってほしいんだよ!!」――と川端にすがるような叫びが、太宰の文才で綴られているのだ。
川端康成に愛されたくてしかたがない
ちなみにここでいう「ネロリ」とは、ドストエフスキーの「虐げられた人びと」に登場する少女の名前である。今風に言えば、ツンデレヒロインとでもいおうか。
「その、冷く装うてはいるが、ドストエフスキイふうのはげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかっかっとほてらせた」――こんなふうに公衆の面前で書いてしまう太宰治は、川端康成に愛されたくて、愛されたくてしかたがなかったらしい。そして川端康成に愛されていることを疑いたくなかったらしい。
「そんなにツンデレしないでよ!」という意味で、「はげしく錯乱したあなたの愛情が私のからだをかっかっとほてらせた」と書くあたり、キャッチ―すぎて現代のBL小説か? なんて感じてしまうが。これを90年前に書けた太宰治は、やっぱりすごいのだった。
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