「コオロギパン」社長ブログが正論だけに残念な訳 「社会課題の解決」は簡単に降ろしてはならない

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仲社長が立ち上げたのは「給料や待遇などの条件ではなく、やりがいや環境で求人者と求職者をマッチングする」サービスだ。その原点には、仲社長自身が高収入で知られる外資系証券で「心踊る」仕事を経験できなかったことがある。だからこそ、新しいサービスを立ち上げる動機に説得力が宿り、協力者が現れるのだ。実際、サービスは開始直後から注目を集め、多くのメディアが仲社長の起業ストーリーを取り上げた。

ウォンテッドリーの仲社長に限らず、ソフトバンクの孫社長、楽天の三木谷社長など、創業期から巧みな広報を行う起業家は「起業ストーリー」を通して、「自分が社会課題の解決に挑まずにはいられない」理由を語る。「起業の必然性をストーリーで語ること」は「起業家の広報黄金則」なのだ。

私がベンチャー企業の広報支援を行うときは、「社会課題の解決」に至る起業ストーリーを紡ぐために10時間以上、起業家にヒアリングを行うこともある。ベンチャー企業にとって、起業ストーリーが「広報の軸」となるものだからだ。

今、コオロギ食「推進派」の起業家で、「自分がコオロギ食に挑まずにはいられない必然性」を、力強い起業ストーリーによって語る者はいるだろうか。少なくとも私の眼には見当たらない。「批判派」から「SDGsの波に乗って、一発当てようとしているだけではないか」という疑念を抱かれてしまう所以だろう。

「コオロギを食べるのは個人の嗜好の問題」は正論だが

「理」からの訴求も、決して十分ではなかった。「人口増加に伴う食糧確保の必要性」が説得力に乏しいことは、前述の通りだ。ただし、これはあくまで「今」に限った話ではないか。

私たちの「飽食の時代」が依って立つ基盤は、必ずしも盤石ではない。大震災、気候変動、原発へのテロ、地域紛争の可能性……。飽食を揺るがしかねない懸念を挙げれば、キリがない。「推進派」はこうした将来の危険に備え、栄養源の選択肢を増やす必要性を丁寧に粘り強く、つらくても提示し続けるべきだったのではないか。

前述の社長ブログのように、「コオロギを食べるのは個人の嗜好の問題」というのは、確かに「正論」だ。しかし、第三者が言うならともかく、当事者が「それを言っちゃあ、おしまい」だ。これまで訴えてきた「社会課題」は「その程度の話だったのか」となりかねないからだ。「社会課題の解決」は、起業家にとって、「自社を特別な存在」に変える「錦の御旗」だ。一度掲げたら、そう簡単に降ろしてはならないのだ。

一連の騒動を通して、私は起業家の「コオロギ食に懸ける想い」に、どこか「軽さ」を感じずにはいられなかった。同時に協業相手の大企業にも「SDGsに乗っておけば社内外で評価されるはず」という「軽さ」が見えた気がした。コオロギ食を推進する当事者全員に、ある種の「軽さ」を感じてしまったのだ。

起業やSDGsブームの現実は、こんなものなのだろうか。私の杞憂であることを願う。

下矢 一良 PR戦略コンサルタント

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しもや いちろう / Ichirou Shimoya

早稲田大学理工学部卒業。テレビ東京に入社し、『ワールドビジネスサテライト』『ガイアの夜明け』を経済部キャップとして制作。スティーブ・ジョブズ氏、ビル・ゲイツ氏、孫正義氏、三木谷浩史氏、髙田明氏、藤田晋氏、前澤友作氏らにインタビュー。その後、ソフトバンクに転職し、孫正義社長直轄の動画配信事業(Yahoo!動画、現・GYAO)を担当。「ソフトバンク・アワード」を受賞。現在はPR戦略コンサルタントとして中小企業のブランディングや宣伝のサポート等を行う。

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