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「東急vs西武」懐かしき渋谷の"熱狂時代"を辿る ブームを生み出す東急、圧倒的にイケてる西武

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  • 東浦 亮典 東急株式会社 常務執行役員
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ちなみに、「SHIBUYA 109」が建っているあたりは、戦後から小さな露店商などが集まっていた一角で、かつては「恋文横丁」と呼ばれていました。これは戦後に米兵と恋愛関係になった女性のために英語でラブレターを代書する小さな店がこの一帯にあったのがその由来です。

この周辺で商売をやっていた地権者たちが集まって再開発ビルを建てることになり、そのビルを東急グループで借り受けて「SHIBUYA 109」を運営するようになったわけです。

三角形の敷地の交差点角にあたる部分が円筒形のシリンダー形状となっていて、待ち合わせ場所としても使われています。再開発ビルの多くが無機質で個性のない形状をしている中で、特筆すべき秀逸なデザインではないかと個人的に思っています。

さて「SHIBUYA 109」は商業的に超がつく大成功をしましたが、権利者が持っていた土地に各自がペンシル状の雑居ビルを建てたとしたら、そこまで有力なテナントは集まったでしょうか。さらに集客はできたでしょうか。

小さいビルに名もないテナントとなれば高い賃料は見込めないわけですから、「SHIBUYA 109」に協力した地権者にとってはとてもうまくいった開発事例だったと思います。

駅から遠いのに成功した「東急ハンズ」

1976年に藤沢の実験的な店舗から始まった「東急ハンズ」は、幅広い世代に、新しいホビーの楽しみ方を提案するための「情報発信装置」だったといえるでしょう。

稀代の商業コンサルタント、ライフスタイルプロデューサーであった浜野安宏氏に企画開発コンサルティングに入ってもらい、「手の復権」というコンセプトを打ち出し、これまでにない全く新しい「クリエイティブ・ライフストア」が誕生しました。

1977年に比較的簡易な造りの二子玉川店を開き、十分な経験を積んだのち、遂に渋谷に旗艦店を開業するのです。この土地は狭く階段状の土地で、駅からも遠く活用が難しい物件でした。そのハンディキャップを逆手にとって、独特の建築デザインで処理することによって、東急ハンズは大変なブームを呼びました。

その成功に刺激を受けたセゾングループが1987年に「ロフト」という類似のコンセプト店を出すまでになりました。

『東急百年 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ』(ワニブックス)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

余談ですが、浜野安宏氏は、その後渋谷のスクランブル交差点前にあるビル正面の全面がガラス状の広告サイネージになっている渋谷の象徴ともいえる「QFRONT」や、現在は渋谷フクラスに建て替わっている旧「渋谷東急プラザ」のリニューアルも総合プロデューサーとして関わっており、渋谷のトレンド発信に大きな貢献をしてくれた恩人だといえるでしょう。

一時は「西武vs.東急」などと比較されていた両社ですが、セゾングループが崩壊したいま、その存在感はなくなりました。それでも互いに刺激を与えて競り合ったことによって、流行に敏感な渋谷のイメージと消費パワーは磨かれたのだと思います。

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