恐怖の「親塾」中学受験に苦しんだ娘の驚く30年後 「もう母親に連絡を取ることはありません」

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「あぁ、この人はもう、こうとしか言えないんだな。可哀想にという気持ちになりました。(一般的に言われる)母親らしい愛情をこの人に求めてはいけないんだなと諦めの境地になりました」(佳乃さん)

その後、母親の希望通りに出願。まだ試験は残っていたが、はじめに合格の出た都内仏教系の中高一貫校の合格で力尽き、他校の試験は受けずにこの学校への入学を決めた。

「偏差値は低い学校でしたけど、私はここで救われました。そんなこと、と思われるかもしれませんが、どの先生もちゃんと佳乃ちゃんと名前で呼んでくれたんです。家ではずっとデブとかブタと呼ばれてきた私にはそれだけでも嬉しかった」

先生たちは「佳乃はすごい!」と、ことあるごとに褒めてくれた。

あるときは、学校見学に来た小学生に佳乃さんが教室の窓から手を振った姿を見て、入学を決めた後輩がいたことを伝えてくれて、佳乃ちゃんすごいじゃない!と褒められた。あるとき、クラスを抜け出して、先生を困らせたこともあったが、そんな時も先生は一度も責めたりしなかった。「佳乃がいないと淋しいじゃないか」。いつでも優しく言葉をかけてくれた。教師を困らせたその行動を今なら言葉にできる。自分のことを気に掛けてほしい、そのSOSの現れだった。

「先生がちゃんと私のことを認めて受け止めてくれた。あの6年間がなかったら、今の私はないかもしれない。こうして普通に暮らせているのも中高時代の先生たちのおかげです」(佳乃さん)

今でも中学受験の夢をみる

佳乃さんは卒業後、好きだった美術系の学校に進み卒業、社会人となった今は一緒に暮らす男性と共に穏やかに暮らしている。だが、その男性から時々起こされることがある。男性によれば、佳乃さんが「殺してやるー!」と叫んでいるというのだ。そんな時、佳乃さんが見ているのは大抵母親の夢だと話す。

「母に中学受験の指導をされていた情景を夢で見てしまうんです」

解放されたと思っていても、なおも佳乃さんを悩ませる母との記憶。娘がいじめられることを案じて中学受験を勧めた母親。母親には母親の言い分があるだろう。しかし、その愛情が娘を傷つけ、何十年も苦しめていることは確かだ。

中学受験が招いた溝。もちろん、受験をしなくても、溝は生まれていた可能性はある。いずれにしても、すでに生まれてしまった溝が埋まる日まで途方もない年月がかかる気がした。

最近、「1億『総孤立』社会」という雑誌の特集タイトルが目に留まった。親の介護や看取りを業者に頼む人が増えており、精神的理由から「したくない」という人も多いという。

佳乃さんもこのままいけばそんな一人になるのかもしれない。親が「よかれ」と思って始めることも多い中学受験だが、それが親子の将来にもたらす影響は、私たちが思う以上に小さくない。佳乃さんの事例には、親が知っておくべき教訓が詰まっているように感じた。

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宮本 さおり フリーランス記者

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みやもと さおり / Saori Miyamoto

地方紙記者を経てフリーランス記者に。2児の母として「教育」や「女性の働き方」をテーマに取材・執筆活動を行っている。2019年、親子のための中等教育研究所を設立。

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