東京・目黒。
初夏の新緑がまぶしく揺れるブライダル会場。
水上雄一さん(仮名、当時35歳)は、新婦となる結美さん(仮名、同27歳)と挙式の打ち合わせに臨んでいた。てんてこまいしながら料理や装花を選び、衣装は花嫁のブーケに合わせて淡いパープルのタキシードにした。ろくに正装などしたことがなかったので照れくさかったが、「お似合いです」とほめそやされ、彼はまんざらでもない気持ちになった。
打ち合わせを終えて帰るとき、雄一さんは手帳を置いてきたことに気づいた。エントランスに結美さんを待たせ、先ほどの部屋に取って返すと、中からスタッフの声が漏れてきた。
「ご新郎様はセッシュしないとね」
「ご新婦様のほうが大きかったから、セッシュだね」
「セッシュ」とは?
セッシュ? 自分のことだろうか。どういう意味なんだろう……?
雄一さんはスマホを取り出して調べてみた。
すぐさまその意味を知り、苦い屈辱感に胸を焼かれた。何かに頭を押さえられ、一寸法師にでもなったかのように、どこまでも身体が縮んでいく気がした。
手帳を受け取ることも忘れて、雄一さんはそっと部屋を離れた。
「あのときはつらかったなぁ。自分が小さいせいで妻に恥をかかせるんじゃないかって思っちゃって。……あ、“セッシュ”って意味わかります?」
雄一さん夫婦の挙式から5年。
くだんの会場からほど近いカフェで、彼は私に問いかけた。
私が首を横に振ると、雄一さんは薄く笑って教えてくれた。
「セッシュってね、写真を撮るとき、僕みたいなチビを台に乗せて“身長を盛ること”をいうんです」
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