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古典を読むとわかる「平和が戦争を生む」逆説 頭でっかちでは得られない成熟した大人の知恵

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古川:最初に中野さんから問題提起のあった、古典を読んでいるはずなのに新自由主義改革を推進してしまう人が多いのはなぜかという問いについて、私の考えはこうです。

「古典の知恵」というのは、いわば「成熟した大人の知恵」のようなものです。中高生の頃は、「古いしがらみから解放されれば自由になれる」とか「軍隊をなくせば平和になる」などと考えがちですが、大人になると、人間や社会というものはもっと複雑で、そう単純に思いどおりにはならないということがわかってきます。

「頭でっかちなバカ」にならないために

自分の経験を少し反省するだけでもわかるはずですし、ましてや人類の経験、つまり歴史を学んでみると、「自由で平等な共和国をつくろうとしたら、テロになった」とか、「愛と平和に満ちた神の国をつくろうとしたら、血みどろの宗教戦争になった」とか、そういう皮肉な逆説にあふれているということがわかってくるわけです。

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社会科学や哲学の優れた古典は、どうしてそういう皮肉なことが起こるのかということを、理論的に解き明かしています。しかし、それを読んでわかるためには、そもそも人間や社会とはそういうものなのだということを、あらかじめ経験的にわかっていなければならないのかもしれません。「わかるためには、あらかじめわかっていなければならない」という、ソクラテスの逆説ですね。

古典を読んでも理解しない人がいるというのは、そういうことなのだと思います。「ウェーバーはこう言っている」ということを、知識として「知って」いても、それが何を意味しているのかは「わかって」いない。頭では知っていても、身体ではわかっていない。「腑に落ちて」いないのです。

「古典は身体で読む」というのが、実は日本の伝統的な素読の学習論の根底にあった考え方です。最初は、意味もわからず丸暗記する。それがだんだん、経験を通じて「ああ、これはこういう意味だったのか」と、腑に落ちてくる。そうやって、だんだんと古典の知恵が身体化されていくわけです。

そういう学びの伝統を見直すことも大事ではないかと思います。身体で読まず、頭でしか読まないと、オルテガが「最も恐ろしい人間」と言った「頭でっかちなバカ」になってしまうのではないでしょうか。

(構成 中村友哉)

後編へ続く

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