藤原さんの人気と知名度を格段に上げたのは、1995年、37歳のときに発売した初の著作『藤原美智子 メイクの流儀』だろう。本書では品格や透明感など経年で廃れないメイク、“自分の顔の個性を生かして魅力に変える”メイクなど、藤原美智子ならではのメイクを一般読者でも再現できるよう、基礎から丁寧に解説。当時、大流行していた、眉毛の作り方ひとつとっても、「眉毛は正面から見るだけでなく、斜め下からの角度でチェックしながら描くと自然に描ける」など、そのわかりやすく本質をついたメイク作法は、多くの女性を虜にした。
さらには、藤原さんのメイクをもっと学びたいという読者の声に応えて、事務所主催で一般人向けのヘアメイク教室も開催。そのキャリアは自然な流れで広がっていった。
40代に入ると、藤原さんは、書籍の出版やイベントへの出演が増えるなど、個人としても、ますます人気と注目を集めるように。メディアでは、ヘアメイクの技術のみならず、そのライフスタイルや生き方もクローズアップされ、執筆業もスタート。『「きれい」への77のレッスン』『美の宿るところ』などエッセイ本も人気を集めた。
一途にヘアメイク道を極めつつ、起業家としても成功。自立した女性でありながら、何歳になっても美しくファッショナブルであることも多くの人が憧れを抱いた要因だった。
近年はヘアメイクアーティストなどの裏方の仕事人たちも、メディアやSNSで人気を博せば、表舞台でも影響力を持つ時代。しかし、2000年代初頭は、まだ珍しいことだった。
「私が表紙の雑誌を見てくださった映画監督さんに、『女優として作品に出ませんか?』とお誘いを頂いたことも。セリフを覚える自信がなかったので、お断りしたのですが(笑)
ヘアメイクアップアーティストながら表に出ることは、当時、裏でいろいろ言われていたみたいです。でも、私は群れない人間だから、その声はずいぶん後になって知ったのですが。それに、頭ひとつ以上突き抜けてしまえば言われなくなるだろうと思っていました」
固定観念に囚われず、やりたいことをやってみる
人とは異なること、新しいことをやれば、マイナスな意見を言う人たちは必ずいるものだ。
「『イベント出演は売れない人がやるものでは?』なんて批判されたり、一般の方向けのメイク教室を始めたときも、『なぜ、そんなことするの?』などと後ろ向きな意見も頂きました。でも、時代の変化とともに価値観は大きく変わった。今やどちらも当たり前のことになりましたよね。すべては変化するものです。人目は気にせず、固定観念に囚われず、その時々、自分がやりたいと思ったことはどんどんやってみたほうがいいと思います」
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