日本の社会全体に蔓延る「挫折不足」の大問題 「安全地帯」は子どもにとって本当に良いこと?

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では、挫折とは何か。

挫折とは、自分で目標を立て、そこに向けて必死に努力したけれども「外的要因」 に打ちのめされて、それを達成できなかった経験だと私は考えます。頑張っても頑張っても、どうにもならないことに打ちのめされる。つまり挫折とは「相当の努力」と「自分ではコントロールしえない外圧」、そして「未達成」の3つの要素がそろった逆境の経験です。

それに対して「失敗」とは、現状に甘んじて行動を起こさない、あるいは何も考えず前と同じことをして、結果が出ないことを指します。 表面的にはどちらも「上手くいかなかった」ということですが、人生においてその意味は大きく異なります。

例えば、「赤信号では横断しない」というルールを教えたのに、それを守らない。 他人と約束したことを守らず、迷惑をかけてしまう。そういう「失敗」に対しては、親は子どもを叱り、二度と起こさないようにするべきです。

しかし、人生はそう単純なルールで決められることばかりではありません。すべて親に言われたとおり、社会が決めたとおりに生きているようでは、ロクな人間になれないでしょう。大人になれば、自分でルールを定めていくこと、つまり自分の軸を持ち挑戦することが求められます。

挫折経験なしに社会に出た人間は挑戦に臆病になる

ただ、挑戦がいつも上手くいくとは限りません。どうしても他の人から理解してもらえない、考えが突飛すぎるので容認できない、と言われることも多々あります。自分としては真剣に考え、答えを出した上での行動であったにもかかわらず、受け入れられず、夢破れることもあるでしょう。それが挫折です。

挫折は苦しいものですが、また新たなルールを作る機会でもあります。それが次の成功へとつながるかもしれないという意味において、挫折と失敗は違うのです。

挫折にせよ失敗にせよ、そんな経験はないほうが幸せな人生だと思いますか? でも、これだけは言えます。挫折経験なしに社会に出た人間は挑戦に臆病になる。成功と失敗の経験値の振れ幅が小さいと、心の柔軟性がなく、肝心な時にポキッっと折れてしまうからです。

人間はみな平等であるべきだという理念は、そのとおりです。しかし、残念ながら現実の社会はそうではなく、エゴや差別が渦巻いています。世の中には、人種差別もあれば、男女差別や学歴差別も残っています。会社という狭い単位の中ですら、派閥的な争いがあることは、多くのビジネスパーソンが経験していることでしょう。

人生とは、そうした逆境があっても跳ね返しつつ、自分の思いを実現していくことに他なりません。

また社会とは「努力」がそのまま「結果」に変わるものでもありません。勉強したらテストの点数が良くなった、練習したらいい記録が残せた、という努力と結果がある程度比例するのは学生まで。社会人ともなればさまざまな人の思惑や利害関係で、自分の意図しない方向に進まなくてはいけない場面も多くあります。

「頑張っても認められない」「評価が正当ではない」と自己肯定感が低くなり、自分を信じられなくなる状況に追い込まれることもあります。そんな気持ちが硬直した時、人は心の柔軟さをなくし、小さなことにも臆病になり、前に進む気持ちが削れてくるのです。

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