日本の社会全体に蔓延る「挫折不足」の大問題 「安全地帯」は子どもにとって本当に良いこと?

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大学はモラトリアムなどと言われますが、彼ら彼女らの世代にとっては、さまざまな土地から来た人たちと集まって、異なる価値観の集合体の中で物事を進めていく初めての機会になります。

やる気がある人もいれば、ない人もいるはずです。活動資金を得るためにバイトをしたり、友人関係や恋愛関係でぶつかったりもするでしょう。

しかし、大学の強化部として集まった学生は競技に集中できるよう、整えられた環境で、限りなく純粋な空間で暮らすことになるのです。その結果、上手くいかないことを過度に恐れたり、自分以外の環境のせいにしたりしてしまう。それでは、自らの成長を得るための挫折や、本当の意味での成功を体験することはできません。

学生たちが真の挫折を知らずに社会に出てしまうとすれば、それは私たち大人の責任でもあります。 挫折経験が足りなくなっていることの原因は明白です。

それは、社会全体が失敗をさせない風潮にあることです。失敗をさせないためには、挑戦もさせない。挑戦をするにしても、できるだけ周りが経験則や知恵を授けて、失敗を最小限にとどめている。つまり、リスクヘッジばかりの人生を歩ませているということです。

その結果、若者は敷かれたレールの上を歩くことに慣れてしまうのです。

「安全地帯」は子どもたちにとって本当に良いこと?

今、都心部に住む家庭では小学校から塾に通わせ、中学受験をさせることが多くなっていると聞きます。早い段階から優れた教育環境を与えて、いい大学、いい企業へ就職してほしい。できるだけ不安要素を除いた場所で、のびのびと好きなことに集中してほしい。そういう親心は理解できますが、果たしてその「安全地帯」は子どもたちにとって本当に良いことなのでしょうか?

世の中は理不尽なことばかりです。どれだけ正しいことをしていても、予期せぬ障害に出くわすことも多々あります。そんな「世の中にまかり通る不条理な不運」、「自分の努力ではどうにもできない外圧」があると知りつつ、未来に続く道を石ひとつ落ちていない綺麗な道として舗装する親が増えてきていると思います。

親が子どもに失敗をさせないよう、すべてに手を差し伸べてしまう。その結果、子どもたちも何か失敗をしたら怒られるんじゃないかと気にしてしまう。さらには、学校までもが学業成績そのものだけでなく「生活態度」を評価した内申点を重視するようになっており、生徒をより萎縮させている。まるで社会全体が挑戦しないことを奨励しているかのようです。

原晋監督(©マガジンハウス)

あえて生活態度に基準を作る必要があるのでしょうか。大人にとって都合のいい基準を作り、大人の仕事がしやすい環境を作っているに過ぎない気がします。

「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、ここにおいての「旅」とは、未知の領域をもあえて挑戦させる、といった意味です。しかし現代においての「旅」は、行き先もルートも移動手段もすべて備わった、いわばパックツアーとしか言えません。

私は、その風潮を変えなければならないと真剣に考えます。挑戦する人間が多く現れなければ、これからの日本社会は決して良くならないでしょう。

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