ハロウィーンで飾られたカボチャの絵を指さして、渡部和孝さん(49歳)はつぶやく。「あれは何ていうんでしたっけ? あの、そこにある、丸い……」。
「カボチャのことですか?」と記者が聞くと「そうでした。そんなこともわからなくなっていて」と言い、うつむいた。
言葉が出てこない。文字を正しく認識できない──。脳梗塞の後遺症による失語症だ。慶応大学商学部の教授だった渡部さんが病に倒れたのは2019年5月のこと。
手術を受けたが、言語障害や注意力障害といった障害が残った。言われたことをすぐに忘れる。慣れない場所に1人で行くのも難しい。そのような状況で研究を続けるのは無理だった。
結局、休職期間を経て大学は退職。現在は同大学の障害者雇用で臨時職員として働いている。週3日、データ入力の作業だ。時給は1150円。その給与と月8万円ほどの障害年金が現在の収入だ。
悲しさよりも不安のほうが大きい
「研究職を失った悲しさはあるのですが、それ以上に、人生が変わってしまって、今後どうやって生きていったらいいのかわからない不安のほうが大きいです」
渡部さんは慶応大学経済学部を卒業後、旧郵政省に入省。アメリカのプリンストン大学への留学経験もあり、エリート街道をひた走ってきたといっていい。
これまで経済的な不安を感じたことがなかった渡部さんを今最も悩ませているのが、医療費だ。