その部屋は、普通のロッカールームだった。壁の向こう側からは、市民と職員の話し声が漏れ聞こえてくる。
棚に並び置かれているのは引き取り手のない遺骨。名称の欄に「不詳」と記された遺骨もあるが、ほとんどは「田中…」「鈴木…」といった名前がある。身元はわかるが、引き取り手がいないのだ。
神奈川県横須賀市役所。案内してくれた地域福祉課終活支援センターの北見万幸(かずゆき)氏はこう語る。
「遺骨はこの部屋に2〜3年ほど安置されます。その間、家族や親族に『お引き取りに来られませんか』と手紙を書くのですが、残念ながら返事はほとんどありません。
電話で直接話せれば少しは違うのでしょうが、肝心の電話番号がわからないのです。結局、引き取り手が現れることなく、遺骨のほとんどは市の無縁納骨堂に移送されていきます」
「身元判明」が「身元不明」を逆転
横須賀市における引き取り手のない遺骨の数は1980年代まで、ほぼ1桁で推移していた。しかし1990年代の後半から急増する。1997年には17柱、2005年には28柱、2014年には60柱に達した。
増加の道程は無縁社会を象徴するようだが、本当に着目すべき数字は別にある。引き取り手のない遺骨のうち「身元が判明している遺骨」の割合だ。
1980年代まで「引き取り手のない遺骨」は、ほぼ「身元不明の遺骨」と同義だった。身元がわからないために引き取り手がいない、というシンプルな理屈だ。ところが1990年代になると状況が変わる。身元が判明しているにもかかわらず引き取り手が現れないケースが増え、1990年代後半には身元判明が身元不明を逆転した。
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