チャン・イーモウ監督が新作に込めた想い

「文革を題材にするのはいまだタブーです」

――デビュー作の『紅いコーリャン』の頃は、チャン監督も30代半ばだったかと思います。きっとその頃はがむしゃらに働いていたのではないかと推測しますが、その頃を振り返るといかがですか?

「若いころは必死だった」と語るチャン監督(撮影:今井康一)

最初に映画を撮った時は「とにかく先人が撮っていたような映画は撮らないぞ、同じ事は絶対にしないぞ」と、まさにそればかり考えて、必死に働いていました。今にして思うとそれは少し極端な方向に走っていたかもしれませんが。でも本当にそういう気持ちでした。とにかく自分たちにしか撮れない映画を撮ろうと思っていました。そういう思いは、若いときなら誰にでもあると思います。

だからその時は、まさか自分が成功するとは思ってもみなかった。とにかく必死で働いていただけだったから。だからたくさんの賞をいただくことができたのは、まるで夢のような出来事でした。

一夜にして有名になってしまったわけだから、本当に運がよかった。街を歩いていたときに、「あ、チャン・イーモウ監督だ」と人に気付かれたんです。あのときは一晩、眠れないくらい興奮しましたね。ようやく自分が人に認められるようになったわけですから。昨日のことのように思い出します。

若い頃は自分が一番だと思っていた

――その後も第一線で活躍されていますが、映画作りにおける意識の変化はありますか?

最初の頃、たとえばデビューしてから1本目、2本目、3本目くらいまでは自分が一番いい作品を作ると思っていた。ほかの人はダメだと思っていましたよ。でも今は、とてもそんな風には思えない。本当にいい映画を撮るのは、実に難しいことだと気付いたわけですから。

今から20年以上前だったでしょうか。今でも覚えているのですが、黒澤明監督が「いまだに映画がわからない」というスピーチをしたことがありました。

(C) 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

そのとき、黒澤監督は80歳くらいだったと思うのですが、会場の人たちはきっとそれはユーモアで言っているんだろうと思い、笑っていたし、自分も同じように笑っていました。でも、今になって思うとあれはユーモアではなく、本気でそう思っていたんだろうなと思うんです。まさに今、自分がそう思っているからそう思うわけなのですが、いい映画を撮るためには、ものすごい苦労が必要だし、そこに心血を注がないとならない。映画を撮ることの難しさをしみじみと感じているところなのです。だからもう二度と自分が一番だなんて思うことはないですね(笑)。

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