ウユニ塩湖で人生変わった彼女は東京で夢破れた 小説集「この部屋から東京タワーは永遠に見えない」一部公開

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そのYouTubeも閉じて、渋谷のキラキラしたネット広告の会社に就職して、でもそこもすぐ辞めてしまって、美咲ちゃんはなんと地元に戻ってきました。「これからはローカルの時代」。また立派なnoteを書きましたが、要は東京では全然通用しなくて、それが悔しくて地元で起死回生を図ろうとしているようでした。彼女の目はまだ東京を、世界を向いていました。少なくとも、私の目にはそう見えました。

彼女から久々に会おうと連絡が来て、駅前のスタバで待ち合わせしました。この街はスタバすらまずい気がすると彼女は言いました。彼女はどこのブランドか分からない、しかし何だか高そうな服を着ていました。やわらかなシルエットのその服は、彼女にとっての防護服のようにも見えました。

業界に違う形で切り込もうと、彼女は今度は都心と地方をつなぐ体験型オンライン旅行代理店なるものを立ち上げましたがそれもダメで、そのことは単なる失敗という以上に、都会の人にとって地方なんて行く価値のない場所だと言われたような気がしたらしく、彼女の心は完全に折れたようでした。noteも閉じて、彼女は静かになりました。

私? 変わりましたよ

彼女はひっそりとインスタを始めました。そこにはベンチャー企業の意識の高い資金調達ストーリーも、シェフを家に呼んでのタワマンホームパーティの話も流れてこなくて、彼女は庭に咲いたタンポポとか、スタバの新ドリンクの話ばかりをしていました。最近は親の紹介で地銀勤務の彼氏もできたらしいです。

この部屋から東京タワーは永遠に見えない
『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

昔、ウユニ塩湖に行ったんですよ。高校のとき「ウユニ塩湖行ったら人生変わった」って、クラスの子が冬休み明け、興奮気味に言ってたんですけど、その子、慶應に行って偉そうにしてたけど、結局地元に戻ってきて、今はスタバの新作の話ばかり。笑えますよね。田舎のスタバはまずいって言ってたのに。

私? 変わりましたよ。自分のありのままを肯定してあげられるようになったんですよ。他人なんて羨ましくないし、這い上がろうとする人を、必死だなぁ、って笑えるんですよ。彼女のきれいな服や皮膚に、二度と取れない草と土の匂いがじわじわと染み付いてゆくのを、汚い水たまりの中に立って、眺めているんですよ。

麻布競馬場
あさぶけいばじょう / Asabukeibajo

1991年生まれ。慶應義塾大学卒業。2022年、Twitterに投稿したショートストーリーをまとめた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』で小説家デビュー。TwitterID:@63cities

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