「物語という共感装置」がもたらすダークサイド 「強い憎しみ、強い愛」から世界を救う2つの手段

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科学のそういういささか込み入った性格にゴットシャルは「物語からの離脱」の手がかりを見る。

ただ、ゴットシャルはどうやって科学に対する信頼を私たちの中にもう一度根づかせるかについて、特に効果的なアイディアを持っているわけではなさそうである。それは仕方がないと思う。世界を覆い尽くしているこのコミュニケーション・ブレークダウンを解決する方法まで彼に望むのは「ねだり過ぎ」というものだろう。

それでも、ゴットシャルは、本書の最後のほうで、私たちが自分の信念が真実であるかどうかを自己決定することができない以上、自分と異なる信念を持つ他者に対して、せめて「敬意」と「畏怖」を持つことを私たちに勧めている。

「『彼ら』の―あなたにとっての『彼ら』が誰であれ―世界観の物語があなたの物語とは噛み合わずに気に障ったとしたら、彼らはかわいそうな人なのかもしれない、場合によっては恐るべき相手なのかもしれないが、軽蔑の対象ではないと理解しよう。あなたがそうすれば、『彼ら』があなたに対して同じ敬意を払ってくれる可能性は高い」(『ストーリーが世界を滅ぼす』219頁)

孔子が「知」と呼んだもの

他者との相互理解はたぶん不可能である。だったらせめて「敬意」くらいは持ってもよいのではないかとゴットシャルは書いている。その通りだと思う。

「敬」という漢字の原義は白川静先生によると「羊頭の人の前に祝祷の器を置く形。羌人(きょうじん)を犠牲として祈る意」というなかなか血なまぐさいものである。そこから「つつしむ、神事につかえる、うやまう」などの意が生じた。「敬」を用いた最も印象的なフレーズは「鬼神を敬して之を遠ざくるは知と謂(い)うべし」である。

ゴットシャルがポスト真実の時代に立ち向かうときの実践的結論としてたどりついたのはどうやら「他者は敬してこれを遠ざく」という倫理的な構えのようである。だとすれば、それは孔子が「知」と呼んだものと図らずも符合する。私はそのことに深い感興を覚えた。

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