「物語という共感装置」がもたらすダークサイド 「強い憎しみ、強い愛」から世界を救う2つの手段

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物語は発生的には結束力のある、同質性の高い小集団を形成するための装置だった。ということは、それは同時に「他者」「外部」との間に決定的な境界線を引くための装置でもあったということである。

排他的な暴力の起源が自分の属する集団への過剰な帰属感、共感の過剰であることを私たちは知っている。テロリストが敵に鉄槌を下さなければならないと感じるのは、敵によって苦しめられている同胞に対して深い共感を覚えるからである。身内に対する共感が敵を罰するインセンティブになる。

「強い憎しみの裏には強い愛がある。その憎しみと愛はすべて物語によって―実際の歴史、古代の宗教神話、悪の陰謀物語への耽溺によって吹き込まれた」(前掲書177頁)

たしかに「ストーリーテリングのビッグバンは共感のビッグバンをもたらした」のだけれども、それと同時に「物語は共感の数だけ非情を生む」ものでもあった(前掲書177頁)。「共感」には「ダークサイド」がある。

この「ダークサイド」のもたらす害をどうやって抑制し、最少化するか。それがゴットシャルの物語論の実践的な主題である。「どうやって物語から世界を救うか」がポスト真実の時代の喫緊の学的課題であるというゴットシャルの意見に私は深く同意する。

「物語から世界を救う」手段をゴットシャルは二つ挙げている。一つは他者への共感を育てることのできるタイプの物語。もう一つは科学である。

「奴隷制・家父長制」が非難されるようになった原動力

物語はもともとは小さい集団を結束させるための装置であり、集団の外部や他者との間にコミュニケーションの回路を立ち上げるための装置ではなかった。けれども、すぐれた物語は読者や聴き手を「他者の心の中」に送り込むという想定外の機能を発揮することができた。

「物語は共感装置だ。これが機能するとき、私たちは別の世界、別人の心の中に飛ばされる。物語をお互いを他者として見るのを、究極の形で止めさせてくれる。つまり『彼ら』が『私たち』になる。物語の力が最大限に発揮されるとき、私たちは相手との違いは幻想であり、偏見には根拠がないことを教えられる」(前掲書173頁)

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