――新しく就任した会長のスキャンダルや、「まん延防止等重点措置」期間中に会長を含め、医師会の常勤役員が政治資金パーティーに出席していたことが報じられました。
横倉:国民に自粛をあれだけ厳しくお願いするからには、自らも律しないといけません。
この2年間は、政府とのバトルだけが目立っていた印象
――横倉さんはこの2年間をどう見ていましたか?
横倉:8年間苦労して築いてきたものが、一瞬にして壊れてしまったという感じです。僕が会長時代に目指していたのは「開かれた医師会」でした。いろいろな人の意見を集約して、それを国に提言するということで、いろんな団体にも合いましたし、意見も聞きました。それが一切なくなってしまった。先日もある患者団体から手紙をいただいたんだけど、「会長に会いたいけれど、会ってくれない。面会できるように言ってくれないか」というんです。
交流が非常に狭い範囲でしかなくなり、政府とのバトルだけが目立っていた、そんな印象でした。
僕は前から「パンデミックのときは、医師会は絶対に政府と協力して、国民のために動かなきゃいかん。いたずらに政府や行政の批判をすべきじゃない」って言っていたんですけれど。ただ、それも僕が選挙で負けてしまったので……。仕方ないという諦めですよね。
――記者会見は頻繁に開いていました。
横倉:医師会が言うべきことと、政府の言うべきことは違うはずで、記者会見の際に政府に先んじて国民に自粛を求める、それも極めて強い自粛の要求をするとかは、すべきではなかったというのが僕の考えです。
第1波の僕の会長時代、最も大きな国民へのメッセージは4月1日の「医療危機的状況宣言」のときです。「医療崩壊が起こる可能性があるから、国民の皆さん、感染防止をお願いします」という話をしました。このときも加藤勝信厚労大臣(当時)と「どういう文面でいいか」とかなり話し合いましたね。最初、「医療的非常事態」という文言を使うつもりだったんですけれど、大臣から「非常事態は強い。危機的状況にして」と言われて、トーンを落としたり。そういう調整しながら記者会見に臨みました。
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