退任するフィリピン大統領が6年間で残したもの 民主主義の価値観を軽視しても国民には愛された

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しかしながら、ドゥテルテ氏が汚職と本気で対決したかといえば、疑わしい。「この国で汚職をなくすのは無理」と自嘲したこともあるが、何より本人や家族はどうだったのか。

例えば、政権末期に明らかになったコロナ対策品類の納入疑惑だ。実績のない過小資本の会社がマスクやフェイスシールド、検査キットなどを納入する巨額の契約を政府と結んだが、性能基準を満たさない製品を納入したうえ価格の水増しが発覚、ドゥテルテ氏本人の関与も指摘された。上院の委員会で追及されたが、大統領は閣僚に聴聞会への出席を禁じるなど「逆切れ」の対応に終始した。

大統領や家族のものだとする10億ペソ(約25億円)単位の預金通帳の写しを野党議員が暴露した際は、口座を公開すると言いながら結局しなかった。閣僚や議員に求められている資産公開制度をめぐり、「本人の同意」を条件に加え、自身の資産を公開することもなかった。

密輸を見過ごすことで、汚職の巣窟とされた関税局の職員を多数解雇する一方、側近だった局長は別のポストで処遇するなど身びいきも目立った。

「憲法を改正して連邦制を導入」「死刑制度復活」「ジェットスキーに乗って南シナ海の島に乗り込み、国旗を立ててフィリピンの主権を主張する」。いずれもはたされなかったドゥテルテ氏の約束である。

選挙時の公約や政治家の誓いなど、真に受けるものではないという考えはあろう。ドゥテルテ氏は観測気球を上げて世論の動向を観る手法を多用する人でもあった。それにしても「国民との約束はほとんど果たした」と言い切るところが、ドゥテルテ氏のドゥテルテ氏たるところか。

民主主義的価値を軽視

この6年で私が最も気になったのは、この政権が表現の自由や法の支配といった民主的な価値を毀損し続けたことだ。最高裁長官を弾劾手続きも経ないままに解任し、政権を批判する上院議員を拘束、メディアのトップを逮捕した。民放テレビ局を閉鎖に追い込み、気に入らない記者は政府の会見から排除した。法の手続きを経ずに多くの人を殺し、証拠を示さないまま「共産主義者」のレッテルを貼って攻撃した。暗殺まがいの殺人も各地で横行した。そして、説明責任が十分に果たされることはなく、軍人や警察官、政権の支持者らの多くは免責された。

そうした傾向が、次期政権にも当然のように引き継がれるのではないかと危惧する。約束が守られなくても、民主主義がないがしろにされても、多数のフィリピン人、中でもドゥテルテ支持者やマルコス支持者が気にとめることはない。むしろリベラル勢力や外国の報道機関が指摘すればするほど、「きれいごと」に対する忌避感、ポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)への反発を強めるように感じる。

ドゥテルテ氏は政界からの引退を表明している。闇将軍となるのか、本当にダバオに蟄居するか、予測は難しい。いずれにしても「ちょっとだらしないけど、本音で話す愛すべきおやじ」として国民から絶大な支持を得た大統領の残像が、次の政権に影を落とすことは確かであろう。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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