退任するフィリピン大統領が6年間で残したもの 民主主義の価値観を軽視しても国民には愛された

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しかしながら、結果はいずれもはずれだった。

政権に批判的とみた財界人には厳しく当たったものの、自らの側近を厚遇したたけで少数の政治一族や財閥が支配する体制に変化はみられず、打破しようという意欲も感じられなかった。コロナ禍の規制が緩和されたとたん渋滞はもとに戻り、運転手の行儀の悪さは相変わらずだ。マニラ国際空港の環境も改善されず、新空港開設も遠い将来の話。任期終わりまで維持した高支持率という政治的資産があったのだから、こうした願いにも多少なりとも応えてほしかったというのが率直な思いだ。

むろん評価すべき点も少なからずあった。国民皆保険の導入、雇い止めや違法な人材派遣の禁止、産休の延長といった社会福祉政策に力を入れた。実効性が十分とはいえないものの、長年の懸案に踏み込んだ。公立大学の無償化も実施した。

政府との間で紛争が続いたイスラム教徒居住区に、高度な自治を認めるバンサモロ基本法を成立に導いたことは特筆される。アキノ前政権で議会通過が叶わなかったが、ミンダナオ出身初の大統領として指導力を発揮した。ドゥテルテ氏でなければ、暫定自治政府設立にこぎつけるのは難しかったかもしれない。

米中の狭間で揺れた外交

米中の間で揺れた外交については評価が大きく割れる。南シナ海の領有権をめぐり、中国の国際法違反を指摘してアキノ前政権が提起した裁判で、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所から得た勝訴を棚上げする形で中国の習近平政権に接近した。一方で、同盟国のアメリカに対しては罵詈雑言を浴びせ、一時は訪問米軍地位協定(VFA)の破棄を通告した。アメリカ政府がコロナワクチンを大量に供与することで漸く矛先を収めた。

こうした立ち回りを「米中を天秤にかけて小国の利益を勝ち取った」と評価する声もあれば、「中国が当初表明した援助や投資もごく一部しか実施されず、アメリカに不信感を与えただけ」という見方もある。

日米のみならず中国にとっても予見可能性が低く、組みにくい相手だったろうと想像する。地方政治家として培った老練な技を外交に持ち込んだのか、単なる気まぐれや好き嫌いの揚げ句の行動なのかは判然としなかったが、私には大国を相手に自国の利益を追求しようとする意気込みが感じられた。

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