数年以内に危機のおそれ、構造改革の先送りは限界に--伊藤元重・東京大学大学院経済学研究科教授《デフレ完全解明・インタビュー第6回(全12回)》
必要な金融政策はやるべきだが、それだけでは解決しない。物価というのは、経済実態の結果で、人間の体でいえば体温みたいなもの。金融政策に過度な期待感を持つのは、「42度のお風呂に1時間入っていたら、体温が上がったからそれでよい」というようなもので、非常に危ない議論。体温を下げた原因のウイルスを根絶しないと意味がない。
構造改革の先送りができたのは、ある意味で日本経済が強かったからだといえる。フランスで年金改革をサルコジ大統領がやろうとしたら暴動が起きたし、韓国ではFTAを実行しようとしたら、農民が焼身自殺した。日本でこうしたことが起きないのは、閉塞感に満ちてはいるが、安定しているということ。
だが、重要なポイントは、日本も追い詰められているということだ。失われた20年が30年になると言う人がいるが、私は、数年内にもっと激しい揺さぶりが来ると見ている。それが目覚まし時計の大きな音になり大転換を迫られるか、爆弾の破裂で国民が耐えがたいほどのひどい状態に落ち込むか、いずれかの可能性がある。
すでにそういう芽は出ている。日本の企業は半導体、DVD、カーナビ、太陽光パネル、液晶パネルといったかつて強かった分野でシェアが2割を切り、負けが続いている。もう、海外へ出ていかないと生き残れず、企業の海外流出の波は止まらないだろう。人材レベルでも、気の利いた企業は日本人を採用しなくなっている。英語ができる中国や韓国、アジアの人材を採用したほうがいいという。これは日本の若い人たちには強烈なメッセージになってくる。
TPP(環太平洋経済連携協定)については、日本は入らないと米国は見ている。のんきなことばかり言っていて、海外からは日本は見捨てられている。
財政、国債市場は、このままの状態が続くと、かなり危険だと見ている。5年ぐらいは、金融機関を通じておカネが回って、国債の消化ができる計算だが、実際には、市場はそんなに簡単なものではないと思う。将来に対する不安が投資家の中に出てきて、国債の利回りが上がったりすると、安定は崩れてくる。異様な金利急騰でなくても、10年債で2・5%とか3%が見えてくると、かなり大きなショックになる。90年代は不動産バブルだったが、今は債券バブル。ある種の金融危機が進行している状態だ。