看護の日に考える「あえて人に触れる病院」の真意 愛媛県今治市・美須賀病院「て・あーて」の挑戦

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もし看護師がただ忙殺され病棟を走り回っているばかりであれば、こうした看護師ならではの観察力は発揮されないだろう。美須賀病院には、看護師の目と手によって患者が回復していく数多くのエピソードがあり、皆が「看護師になって良かったと心から思って看護しています」と口を揃える。

美須賀病院が、「て・あーて」を実現できた秘訣は、同時に福祉用具を取り入れたことにある。動けない患者の身体を動かすことが多い看護師にとって、腰痛は職業病。看護師の腰痛予防と「患者を寝たきりにさせない」ことを目的に、看護師にも患者にも負担なく動かしやすくできる福祉用具を導入したことが奏功した。

例えば、動けない患者をベッドからストレッチャーに移す時は、看護師4人がかかりで「せーの」と声をかけ合い患者を持ち上げる必要があった。ところが、患者をすべらすことで介助できるスライディングシートなどの福祉用具を使うことで、患者を持ち上げることなく約半数のスタッフで患者を移すことができるようになった。

こうした取り組みは「ノーリフト」と呼ばれ、患者の体位を変える時、車いすに移動させる時などの負担も軽減され、美須賀病院では腰痛を訴える看護師が激減した。看護師が健康でいられるからこそ、患者により心を込めた看護ができるのだろう。

看護師の「腰痛対策」も奏功し、離職者が激減

病院内で「て・あーて」が浸透していることから、患者へのケアが行き届いている。看護師が患者の髪をとかし、血中酸素飽和濃度の測定器を患者の指に挟みながら、「もうすぐ、酸素(呼吸器)が外せるかもしれませんね」と、指をマッサージ。病院全体に和やかな空気が漂っている。日頃から看護師は一人ひとりの患者の名前を呼んで背中に手を当てながら、「具合はどう?」「髪が伸びたね」と話しかけている。

福祉用具の導入前、腰痛による離職希望者やパートへの雇用形態の変更を希望する看護職が年間3~4人いたが、今ではゼロになるという看護師定着の効果も出ている。腰痛予防が講じられているため、看護師資格のない看護補助者には70歳以上のスタッフもいるほど。多年代、多職種が働きやすく、やりがいを感じる職場だからこそ、病院内ではスタッフ間の談笑が聞こえるほど、雰囲気が和気あいあいとし、それが患者の尊厳を守るケアにつながっている。

看護師の「看」の漢字は、「手」と「目」で成り立っているが、実際に、どのくらいの現場で看護師が患者に手を触れてケアできているだろうか。看護の日をきっかけに、「手を当てる」「手で触れる」という看護の原点について、改めて考えてみたい。

小林 美希 ジャーナリスト

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こばやし・みき / Miki Kobayashi

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランスへ。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『ルポ看護の質』(岩波新書、2016年)『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)、『ルポ中年フリーター』(NHK出版新書、2018年)、『年収443万円』(講談社)など著書多数。
 

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