2020年、同社は東京・霞が関の弁護士会館の掲示板に意見広告を発表した。金色の額縁に「障害者」と書かれた白い紙が入っていて、その下部はシュレッダーにかけられている(写真)。ある著名なアーティストの作品を彷彿させるデザインとともに、ポスターにはこう文字を入れた。
――「この国のいちばんの障害は『障害者』という言葉だ」
きっかけは、当時の首相が国会で招待者名簿を廃棄した理由を「障害者雇用の職員だった」と答弁したことだった。文登さんはこの言葉に違和感を抱き、ツイッターに「障害があったからと言わんばかりの回答」と疑問を投げかけた。今回の取材で、改めてこう言う。
「障害者が欠落や劣っていると捉えられ、責任転嫁に使われてしまう、そんな 社会を変えたいです」
最近、高校で講演したとき、高校生から「障害者という言葉は差別語と感じますが、どう思いますか」と質問を受けた。文登さんは「いまの時代に、この言葉は合わないのではないかと思っています」とも話す。
本来は障害者という言葉に問題があるというわけではない。だが、現在の社会で障害者という言葉は「かわいそう」「欠落している」「能力が劣っている」というイメージやニュアンスとともに使われることが多い。
私たちは、その差別的イメージやニュアンスを変えたい。
それでは、どのように変えていけばいいか。文登さんがこんなエピソードを話してくれた。
両親と兄弟3人は、いつも周囲から「障害者」と呼ばれる人の中で過ごしていた。文登さんは、好きなことをしながら楽しそうに過ごしている人たちの様子を「おもしろい」と思いながら見ていた。
1人の男性は、いつも足をドンドンと音を立てて鳴らしていた。いま、その人は強みを生かして、空き缶を潰す仕事をしている。
文登さんはこう話す。「その人ができないことをできるように訓練をしていくのではなく、『点を打ち続けたい』『円を描き続けたい』と本人がやりたいこと、続けたいことを強みにして働くことができる環境や仕組みを作りたいです」
社会にこの同社のメッセージを強く伝えていきたい。
⋆1 本稿では体験記の概要を簡潔に紹介するため、奥田さんと主催者の許可を得て、体験記の文章の一部前後を改変しながら抜き書きしている。体験記の全文はコンクールのホームページから読むことができる。
⋆2 中野信子・ヤマザキマリ[2021],『生贄探し 暴走する脳』(講談社+α新書)の内容部分は、書籍の原文のままでなく、奥田さんの体験記の表現を優先している。
⋆3 木村晴美・市田泰弘[1996],「ろう文化宣言 言語的少数者としてのろう者」『現代思想』4月臨時増刊号(青土社)
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