日本人なら、「やまと言葉」を大切にしよう

動詞で考えることで見えてくることがある

十五夜の月(写真:歌うカメラマン / Imasia)

中村:たとえば源氏絵巻の「鈴虫の巻」では、十五夜の月が煌煌(こうこう)と照り、萩が咲いているところが描かれている。女三宮のところに会いにいらっしゃる源氏が、あらかじめ鈴虫を送っておおきになる。鈴虫って今のマツムシだそうですけれど。お2人を主人公と思っていましたが、ここは月と萩と鈴虫が主役ではないかと思えてきました。そこに添え物としてきれいな男女がいるという感じ。だから「源氏は色恋」と言ったのは間違いだったと、反省しました。

山折:それは色恋の究極ですよ(笑)。

中村:しかし日本ってすごいですね。千年前にあんな長編小説ができていたのですから。万葉集もすばらしいですよね。しかもそれを今も読めるし、今もみんなで和歌を作っている。そんな国、ほかにありませんね。

「動詞」で考えることの重要性

山折:源氏物語で言いますと、明治以降、谷崎潤一郎をはじめとして瀬戸内寂聴さんなど多くの方が現代語訳に取り組まれましたが、みんな標準語なんですね。でも本当は京都が舞台ですから、なぜ京都ことばにしないのかという問題がありましてね。これを現代の京ことばに訳した方がいるんですよ。京都の中井和子さんという国文学者です。それを声に出して読むと、それだけで、すっとあの時代に行ける。そういう点では方言といいますか、その土地土地の言葉で表現するということが大事ですね。 大和言葉のすごさは、そういうところに出てくると思います。

中村桂子(なかむら けいこ)
●JT生命誌研究館 館長。東京都出身。理学博士。東京大学理学部化学科卒。同大学院生物化学修了。三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。1993~2002年3月までJT生命誌研究館副館長を経て2002年4月から同館館長。

中村:それは読んでみたい。実はもうひとつ、「動詞で考える」ことをしています。生命誌研究館には年間テーマがあり、最初が「愛(め)づる」で、それから「生る」「めぐる」「遊ぶ」など生き物らしい言葉で考えてきました。小泉純一郎首相がワンフレーズ政治と言われていましたね。

山折:連体止めね(笑)。

中村:ワンフレーズだと、「生命尊重」となるわけです。これでは「ああそうですか」で終わりです。でも動詞で考えると、蝶が飛ぶ、アリは這う、となる。すると、そこで蝶は何してるの? アリはどうなってるの? と次の問いが出てきます。何かを問うて考えようとしたら、動詞でなければダメということに気がついて以来、ここでは動詞で考えるということにしているんです。

山折:いいですね。名詞止めは、頭の中だけの話ですよ。動詞は暮らし、生活そのものを表しますからね。

中村:名詞の多くは漢語ですよね。でも動詞になったら、ほとんどが大和言葉です。動詞で柔らかく考えていくのは、生き物を考えるのにいちばん適しています。さきほどから山折先生は技術の暴走をご心配なさっています。私もそれはよくわかりますし、考えなければいけないと思いますが、動詞でじっくり考えていると、「できることは何でも勝手にやる」とはなりません。

山折:なるほど。その動詞で考える主体は人間ですが、その人とか人間を表す大和言葉は何かというと、「一人」という言葉です。これは「人」から出た言葉だと思います。「人」という言葉を生み出した考え方の基礎にあったのは「一人」。だから行動する主体は一人。一人を非常に大事にした文化だと私は思うようになりましたね。その一人というのは、平仮名の「ひとり」、一人(いちにん)の「一人」、それから孤独の孤を「独り」とあてる。

一人という言葉が最初にどこに出てくるかというと、万葉集に出てきます。

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