ウクライナ危機から生じた「金融戦争」は通貨の世界にどんな影響を与えるのか。
世界を揺るがすロシアのウクライナ侵攻。そのもう1つの顔は、金融戦争だ。西側主要国が決めた国際決済網からの排除により、ロシアの通貨や株価は急落。さらに今後は、重要物資の不足やインフレがロシアの国民生活を蝕む見通しだ。
新冷戦といえる状況が色濃くなる中、この金融戦争は、西側で進むデジタル通貨の制度設計や、中国の人民元戦略にどんな影響を与えるのか。
日本銀行で国際送金などの業務に携わり、デジタル通貨の動向にも詳しい野村総合研究所金融デジタルビジネスリサーチ部主席研究員の井上哲也氏に話を聞いた。
「明治時代の大砲」が撃たれた
──西側主要国はロシアに対し、厳しい経済制裁を決めましたが、その中核の1つが、国際決済情報網「SWIFT」からの一部のロシアの銀行の締め出しです。
国際送金の世界ではかつて、口座情報をテレックスやファックスで情報をやり取りしていた。それを、コンピュータと通信回線に移行させたのがSWIFTだ。しかし昨今、SWIFTについても「事務コストが高く、送金に時間がかかる」とユーザーの不満が高まり、より安価で効率的な送金ができる暗号資産やCBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)に注目が集まっていた。
そのため、かつて日本銀行で中央銀行間の送金に関わっていた者としては、SWIFTという伝統的な手段が、今回の経済制裁に使われたのは感慨深い。「明治時代の大砲」が撃たれたという感覚だ。それでも、SWIFTからの締め出しはロシアに関わる国際送金を実質的にかなり難しくする点で実効性のある措置だ。
──ロシアは、西側がコントロールしにくい暗号資産を使った国際送金を制裁の抜け道にするのではないかという見方があります。
技術的には可能だし、実際にありうる話だ。ただし、暗号資産の価値が極端に変動することはその障害になるだろう。決済の間だけでも暗号資産が大きく減価する可能性があるため、送金の受け手は嫌がる。そのため、暗号資産を決済手段に使うのには難しい部分がある。
一方、暗号資産の中には、米ドルをはじめとする法定通貨などの価値とひも付けたステーブルコインというものがある。ただ、こちらも現在はアメリカ国内での利用が中心で、主として、他の暗号資産を売買する際の支払手段や裏付資産のキャピタルゲイン狙いといった限定的な目的で取引されている状況だ。
将来的には一般的な支払い・決済に使用しうるステーブルコインが経済制裁の抜け道になる可能性は排除できないものの、現状では、大国間の貿易決済といった大規模な用途では難しいだろう。
ロシアに侵攻されたウクライナでは、暗号資産の取引が急増した。外からウクライナ国内へ支援資金を持ち込む手段になったようだ。当局がコントロールできない資本取引が生じうる点では、興味深い事象だ。ただ、それでも暗号資産を受け取った人たちは、最後には法定通貨に換金する必要があり、使い勝手の面で難点は残っている。
──今回の局面では、暗号資産はロシアの抜け道にはなりにくいということでしょうか。
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