ウクライナ戦争で米国の安全保障戦略は変わるか 慶應大学の中山俊宏教授に聞くアメリカの今後

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ウクライナに対するロシアの暴挙が止まらない。アメリカはこれからどう対応していくのか。

3月1日に連邦議会で行った一般教書演説で、「独裁者に侵攻の代償を払わせる」などとロシアを非難したアメリカのバイデン大統領(写真:2022 Bloomberg Finance LP)

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ロシアが2月24日にウクライナ侵攻して1週間余りが経ったが、事態に根本的な改善は見えず、泥沼の様相すら呈している。アメリカなど西側諸国はウクライナへの武器供与やロシアへの経済制裁強化を行っているが、プーチン大統領を止めることはできず、むしろ戦火が拡大する恐れも高まっている。
今後アメリカはどう対応していくのか。今回の危機が対中国重視のアメリカの安全保障政策にどのような影響を与えるのか。さらに日本はどう対応すべきかを含め、アメリカ政治外交が専門の中山俊宏・慶応義塾大学総合政策学部教授に聞いた。

プーチン氏が非合理な侵攻に出た理由

――ロシアの軍事侵攻が止まりません。

ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟を防ぐことがロシアの目的だったとすると、目的と手段が釣り合っていないのは明らかだ。軍事侵攻の結果、ロシアに対する世界の包囲網は相当に強まった。NATOを脅威だと認識しているからこその決断だろうが、結果的にはアメリカのトランプ政権時代から迷走気味だったNATOを再び結束させることにもなった。つまり、目的を考えれば、明らかに合理的とはいえない行動だ。

多くのロシア研究家は、「これは自分の知っているプーチンではない」と言っている。計算高いリスクテーカーのイメージとは違い、単なるリスクテーカーになって、ロシアの国益を害したとしか見えないということだ。

では、なぜ軍事侵攻をやったのか。ソ連崩壊を20世紀最大の祖国の悲劇と見るプーチン氏には、ロシアの勢力圏を拡大し、もう一度「大ロシア」を実現させたいという強い情念があるのだろう。コロナ禍の中で孤立感を深め、体調不安説もある中、自分に残された時間が限られているという切迫感があったのかもしれない。

加えて、プーチン氏は昨年6月、アメリカのバイデン大統領とスイスで会談した。その時バイデン氏から、「戦略的競争の主舞台はインド太平洋(中国)だ」と伝えられている。また、アフガニスタンからの撤退の際のアメリカの混乱を見て、「バイデン氏は(ウクライナ問題に)介入できない」と考えたのだろう。これらのことが合わさって軍事侵攻に踏み切ったという以外、説明がつかない。

――バイデン政権がウクライナには派兵しないと一貫して表明してきたことは、軍事侵攻を抑止する点から言うべきでなかったと批判もあります。

アメリカは、「プーチンは必ず軍事侵攻する」と警告していたが、彼を「意図」のレベルですべて把握しているかのようだった。それにもしロシアの下腹部をえぐり取るような位置にあるウクライナへ米軍を派遣すると言えば、精神状態が不安定とも言われるプーチン氏にどんな影響を与えるかもわからない。

ロシアは使える核である戦術核を保有している。アメリカの戦略核は使いにくい。ゆえにアメリカはロシアに抑止されてしまっている。さらに、今のアメリカには派兵を後押しするような気運が国民の間で皆無だ。

実際に派兵の確率がほぼゼロならば、すべてのオプションをテーブルの上に残しておくと言いながら、派兵せず、信用を落とすより、最初から派兵しないと言ったほうがいいという計算があったのだろう。何といっても、今回アメリカはプーチンが本気でやると見ていたフシがあり、外交交渉を成立させるためにも、派兵の意図はなしと伝える必要があった。

――派兵は無理だとしても、ロシアに戦争を止めさせる必要があります。

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