ロシアに住む日本人が体験した「パニック」の実際 緊急帰国指示でも「資産を持ち出せない」

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「これは航空会社が定める従来の規定どおりに算出された金額なので、法外な請求というわけではありません。でも、個人負担となれば大きな支出です。SNSで『政情をとらえるのに遅れたせいだ。帰国できない人が、現地で困るのは自己責任だ』といった意見を見かけた時は、悲しい気持ちになりました」(Wさん)

帰国を望むのは、会社がフライト手配をサポートしてくれる駐在員だけではない。留学生の場合は自分で帰国便を選択、購入しなくてはならないので、より大変だ。就航便のキャンセル事例、ルーブルの暴落するレート、手元の残金への不安を抱えながら、今後の判断を迫られている。夢と目標を抱いてロシアに渡った学生が、想定外の情勢から挫折と不安を感じている状況はあまりに酷だ。

現地のロシア人の様子は…

今回の情勢を受けて帰国した前出のAさんは、自身の今後についても困惑していたが、同時にロシアの職場に残ったロシア人の同僚たちのことも案じている。

Aさんが語ったのは、毎日仕事を一緒にしてきたロシア人の同僚の話だ。

「今回の情勢にショックを受けて仕事中でもずっと涙が止まらない人、ストレスで血圧が190まで急上昇して倒れてしまう人など、精神的に大きな負荷がかかっているロシア人たちをたくさん目の当たりにしました」

ウクライナとロシアの歴史は長く、両方の国にルーツを持つロシア人も少なくない。親戚家族や友人がウクライナに住んでいるロシア人もいる。

こうした背景からも、Aさんの同僚のように、身体症状が表れるほどナーバスになっているロシア人は少なくない。Aさん曰く、現在ロシアではアルコールの売れ行きが伸びているそうだ。今の情勢に対する不安を解消しようと、酒量が増加しているロシア人も多いことが窺える。

現在、ロシア国内では国営放送を中心に、ほぼ為政者サイドの情報のみが発信されている。しかし、SNSや世界各国に住む友人知人との情報網を活用し、世界中の情報にアクセスできている人は、一方的な政府の発信に疑問を感じている人も少なくない。

ロシア国営放送の生放送中に「戦争反対」のプラカードを持った元スタッフの姿が映ったことも、記憶に新しい。必ずしも、今回の戦争がロシア人の総意ではないことは、筆者も取材を通じて感じた。

3月中旬以降、ロシアはFacebookやInstagramなど、ロシア国内でも主要に利用されているSNSを利用停止すると発表した。これによってロシアに住む人々は世界中の情報源にアクセスできなくなることが危惧される。

現在、Instagramの不特定多数ユーザーの中でトレンドになっているのは、ロシア語で戦争反対を意味する「#нетвойне」のハッシュタグだ。

このハッシュタグを追うと、ウクライナ語とロシア語どちらの投稿も見受けられる。戦地の悲壮な風景写真などが併せて投稿されているだけではなく、平和だった頃の写真を投稿し、早期の収束を望む声も多い。先に書いたロシア国営放送で戦争反対のプラカードが掲げられたシーンのスクリーンショットも投稿されている。

ロシア人からも、公開後24時間が経つと投稿が消えるストーリー機能を通じて、早期の事態収束を願う声、許しを乞う声が綴られている。

「#нетвойне」のハッシュタグに寄せられた総投稿数は、60万件を超えた。ウクライナの人々はもちろん、ロシアの人々をも混乱に陥れているこの戦争の終結を、世界から多くの人が祈っている。

宇佐見 るり子 フリーライター

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うさみ るりこ

大学の第二外国語でロシア語と出会ったことをきっかけに、ロシアの芸術や文化に魅了される。卒業後にはサンクトペテルブルクでの留学を経て、在露日系企業で就労。出産を機に帰国してからも、ロシアに関する情報収集と発信を継続。関心はバレエ、音声学、デザイン、航空、現地インフルエンサーなど。この春から在露の日系企業に就職予定だったが、外務省の渡航中止勧告を受けて赴任が見合わせになっている。

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