事態は現在進行形であり、この危機が最終的にどのような結末に至るかは見通せない。しかし、ここまでの防疫政策の展開からすでに示されているのは、中国が2019年の大規模抗議活動後の香港をどう扱おうとしているかという姿勢の問題である。これは日本が香港・中国との向き合い方を考えるうえでも重要な視点となる。
「中国式」統治と国際金融センターは両立するのか
2020年の「香港国家安全維持法(国安法)」導入に典型的に示されているように、抗議活動の鎮圧に際し、中央政府はこれまで香港に「一国二制度」の下で認めてきたさまざまな特殊性をなくし、共産党の領導の下で一元的に管理する「中国式」体制に香港を組み込もうとしている。
香港における「中国式」防疫の導入もその一環である。マイノリティの利益や政府への異論、地域の特殊性といった国内の多様性を除去し、一律に扱おうとする志向性は、少数民族に対する統治などにも現れる、習近平体制の特徴の1つであろう。
中央政府が国際都市である香港の特殊性に配慮しないことは、北京と香港の間だけの問題ではなく、日本を含む国際社会に対しても中国政府が配慮を示さないことを意味する。例えば、香港の厳しい防疫措置、とりわけ入境時に長期のホテル隔離を義務とする政策は、同じくアジアの国際金融センターと称されるシンガポールなどよりもはるかに厳しく、外資企業や外国人の間から多くの不満が寄せられている。感染力が格段に強いオミクロン株の流行にあたっては、香港も欧米が採用した「ウィズコロナ」に転じ、国際移動再開を目指すべきとの声が香港市民の間でも強い。
しかし、中央政府は新華社などの政府系メディアで「ウィズコロナ」の発想を強く批判し、「中国式」の「ゼロコロナ」を見習い、達成して、大陸との往来解禁を実現せよと主張する。ここまで高いハードルを設定してしまっては、今や香港がいつ外国との往来制限を解禁できるかはまったく見えない。その間に外資や外国人の香港脱出の動きが加速しているとも報じられている。
防疫は香港の「中国式」化の象徴的な事例である。政治・司法・社会・経済・国際関係など、香港で全面的に進んでいる「中国式」システムへの移行は、特に日本や外国人にとっての香港の意義を疑問視させる。日本人が中国や香港と付き合ううえでも、政治は横に置いてビジネスの話をしようという発想は残念ながら成り立たない時代が来ていることを、香港の変質が私たちに示しているように思う。
(倉田徹/立教大学法学部教授)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら