ウクライナ侵攻を決断したプーチン大統領の変質 クレムリン最高幹部も異論挟めない独裁者化が進む

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さらにクリミア併合に対し国際社会が毅然とした対決姿勢をとらなかったことが結果的に今回の侵攻を許す誘因となったことも間違いない。オバマ政権は制裁を科したが、明らかに併合に見合った、より厳しい内容でなかった。

これを踏まえ、プーチン政権と対峙するうえで国際社会には喫緊の課題があることを指摘したい。開戦理由をとうとうと述べたプーチン氏へのきちんとした反論、否定をより大掛かりに内外に示すことだ。ロシアの代表的なリベラル派政治学者であるコレスニコフ氏は「プーチン体制の特徴は、言葉の意味をひっくり返してゲームをすることだ」と喝破する。今回の侵攻をめぐっても大統領は「ゼレンスキー政権がネオナチ政権」で「東部地域でジェノサイド(民族大虐殺)をしている」と正当化している。第2次世界大戦でナチスドイツが侵攻して2000万人もの死者を出した苦い記憶を語り継ぐロシア国民の感情に訴え、支持を得る狙いだ。

盤石なロシア世論を崩せるか

しかしこの言説に対し、ある事実を提示すれば、説得力は一気に瓦解する。ゼレンスキー氏がユダヤ系であるという、プーチン氏が触れなかった事実だ。「ジェノサイド」についても国連などの報告はない。しかし、ジュネーブでの首脳会談でアメリカ政府は雄弁なプーチン氏のペースになることを嫌い、共同記者会見を避けた。独自に会見を開いたプーチン氏は、得意の長広舌で外国記者の質疑応答で主導権を握った。バイデン氏は正面から論戦を展開すべきだったと思う。

だが結局、プーチン政権の今後の運命を占う意味でカギを握るのはロシア国民だろう。今回の国際的孤立を見て、政権が倒れるのは早いと考える向きが日本でも多いと思う。しかし、プーチン氏支持の国内世論は海外が考える以上に底堅い。今回の欧米との対立で逆に増える可能性すらある。政府系の「全ロシア世論調査センター」が侵攻開始直後に2回に分けて行った調査では、作戦「支持」が最初の調査結果65%から68%に増えた。逆に「支持しない」は25%から22%に下がった。

プーチン人気の根底にあるのは、1990年代末期のエリツィン政権時の混乱から一転して安定をもたらした内政面での業績だけではない。冷戦終結時「敗戦国」だったロシアを外交・軍事面で大国として蘇らせたことへの評価がある。

一方で、クレムリンに近い新興財閥(オリガルヒ)からは戦争に反対する声も出始めている。都市部の若者からも批判が高まる可能性もある。長い目で見れば、侵攻がプーチン政権の「終わりの始まり」になる可能性も否定できない。プーチン政権と対立し、ロシアを追われた元オリガルヒで反プーチン派のリーダーの一人であるホドロコフスキー氏は、「プーチンに戦争を許したのはロシア国民の責任でもある。結局国民がとめるしかない」と指摘する。しかし情報統制により、ロシアの地方では侵攻の事実を知らない国民も結構いるようだ。国際社会も日本政府もロシア国内の動向にも大きな注意を向けるべきだ。

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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