今年の「ノーベル経済学賞」を解説する:上 ジャン・ティロール教授の理論はどこがすごいのか?

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ティロール教授はそれぞれの分野で卓越した専門家を共同研究者として選び、繰り返し論文を書くことで、特化された分野の問題の本質をつかみ、それを研究成果として残してきている。ティロール教授の共同研究体制は、社会科学の研究者が共同研究をどのように進めればいいのかを示す見本のようなものである。しかし同時に、このような体制は幅広い知的好奇心を持ち、深い理解力と現実を抽象化する分析力を備え、そして驚異的なスピードで仕事をこなしていくティロール教授だからこそ維持・拡張されてきたともいえる。

これは余談になるが、ネットワーク構造を研究しているある研究者が、経済学者の共同研究のネットワークを分析したときにティロール教授のネットワークを取り上げ、その特徴として、共著者となっている経済学者(たとえば、エリック・マスキン、フィリップ・アギオン、ジャン・シャルル・ロシェ、マティアス・ドゥワトリポンなど)もそれぞれスター研究者であり、彼らもさらに独自の研究ネットワークを持っているという構造になっている(スモール・ワールド現象が出現している)ことを実証した。その結果を見るかぎり、ティロール教授の共同研究のネットワークはおそらく現役の経済学者の中で最も広範で、かつ多くの共同論文が書かれているという意味で頑強であると判断できるだろう。

受賞対象1:産業組織論への貢献

受賞対象の研究として、スウェーデン王立科学アカデミーは「市場支配力と規制」に関する貢献を挙げている。そこで挙げられている多くの研究は、ラフォン教授との共著“A Theory of Incentives in Regulation and Procurement (1993) The MIT Press” に収録されている。ここで、彼らの膨大な研究成果を簡単にまとめることは困難だが、その特徴を要約すれば次のようになるだろう。

ティロール教授のこの分野における最大の貢献は、従来の産業組織論における2つの学派であるハーバード学派とシカゴ学派を超えた新しい産業組織論の形成において、中心的な役割を果たしてきたということであろう。

ハーバード学派は独占の弊害を説くことで独占禁止政策を主張してきたが、完全競争と独占の中間に位置する寡占競争を扱う分析手法は持ち合わせていなかった。またシカゴ学派は、市場競争の結果生き残っている企業は、それなりの最適性を満たしているはずであり、政府の介入によって市場メカニズムを損なうような政策は望ましくないという立場に立ってきた。

しかし現実には、独占と完全競争の中間に位置する寡占競争市場、あるいは不完全競争市場が、ほとんどの産業における競争状況である。ティロール教授の新しい産業組織論では、その寡占競争あるいは不完全競争を、ゲーム論や契約理論を用いて分析することに成功したのである。

このアプローチでは市場競争の実態、たとえば、市場は価格競争を行っているのか、それとも売り上げシェアの奪い合いを行っているのか、それとも営業利益率を競っているのか、あるいは競争は同時に行われているのか、相互に逐次的に行うのかなどのゲーム構造を、個別の産業ごとに確認したうえで、分析を行うという手順をとる。

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