今年の「ノーベル経済学賞」を解説する:上 ジャン・ティロール教授の理論はどこがすごいのか?

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

その結果、従来の産業組織論が単純化して分析してきた市場構造から得ていた結果が、新しい産業組織論では必ずしも成り立たず、より厳密な条件の下で政策議論がなされるべきであるという考え方が、広く受け入れられるようになったのである。

受賞対象2:「最適な規制」に関する研究

次に、スウェーデン王立科学アカデミーがノーベル賞の対象とした「ラフォン・ティロールの規制理論」に関して概説しておく。

まず、彼らは、規制を行う環境として、情報の非対称性やモラルハザード、逆選択などを生む情報制約、契約の不完備性に基づく取引コストの存在、行政執行・政治費用の存在があると想定する。そのうえで、企業と消費者(政府)の間の交渉力に応じて3つの場合に分ける。企業が残余請求権を保有する場合、両者の交渉力が拮抗している場合、消費者(政府)が残余請求権を保有する場合である。さらに、政府の資金移転ができる場合とできない場合の2つに分ける。それらを掛け合わせた6とおりについて、先に挙げた情報制約、取引コストの有無、行政費用の有無などの規制環境を加えて、詳細な分析が行われている。

彼らの最適インセンティブ規制のモデルは、情報の非対称性のために発生する損失(費用削減努力の怠慢、非効率的経営、虚偽の費用申告など)を防ぎ、企業が規制メニューを自ら選ぶ誘因両立条件と企業経営が成り立つ参加条件を満たすように社会的厚生最大化を図り、社会的次善解を得るというものであり、最適課税理論と似た構造を持つことがわかる。

簡単に言えば、企業が過剰な収益を求めないような最適規制の下でのインセンティブは、費用削減努力を最大化したときに与えられるという構造になっている。

リニア中央新幹線から福島原発廃炉まで応用可能

このように書いても、物理学の青色ダイオード(LED)の発明のように、目に見える実感は湧かないかもしれない。そこで、もう少し卑近な例を用いて、彼の研究がいかに現実の問題に答えているのかを紹介しよう。

ティロール教授が1986年に出版した「物品調達と再交渉」という論文がある。この中で彼が論じているのは、物品を供給する側が、経済状況が変わったので、契約を書き直して、調達費用を引き上げるように強引な要求を行った場合に、どのような対応が考えられるか、そして、そもそもそのような不完備な契約においても、事前に過度に理不尽な要求を断れるような仕組みは考えられるのかといった問題である。

ティロール教授の論文は、純粋に理論的な枠組みの中で、投資活動が観察できるかどうか、キャンセル料を課すことが可能かどうか、そして第3者機関として法廷が加わると再交渉にどのような影響を与えるかという問題を検討している。

次ページティロール教授の研究はどのように応用可能なのか
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事