「浮気された妻」と「略奪した愛人」日記が語ること 「蜻蛉日記」と「和泉式部日記」を読み比べる

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五月五日になりぬ。雨なほやまず。一日の御返りのつねよりももの思ひたるさまなりしを、あはれとおぼし出でて、いたう降り明したるつとめて、
(宮) 「今宵の雨の音はおどろおどろしかりつるを」 などのたまはせたれば、
(女) 「夜もすがらなにごとをかは思いひつる窓うつ雨の音を聞きつつ
かげにゐながらあやしきまでなむ」と聞こえさせたれば、「なほ言ふかひなくはあらずかし」とおぼして……
【イザ流圧倒的訳】
5月5日になった。雨はぜんぜんやまない。先日の返事から察するに、女は落ち込んでいるに違いない。一晩中雨が降った後の朝に、それを思い出した宮は「昨晩の雨の音はすごかったよね!」という文章を寄越してきたので、「わたしは一体何を考えていたのかな……窓を打つ雨の音を聞きながら、頭にはあなたのことしかなかったわ!
家にいるのに、不思議なぐらい袖が濡れている」と彼女から早速返事がきた。宮はやはり彼女はいい女だなぁ、とまんざらでもない気持ちになり……

まさに完璧なキャッチボール!

宮は同じ部屋にいるわけではないけれど、このやり取りの速さといったらない。もはや以心伝心そのもの。それぞれが文を書いている時間以外、召使がてくてく歩いて行き来する手間もあるはずなのに、文中にはその面倒な要素がすべて省かれている。

降り続ける雨の音は1人でいる切なさの象徴でありながらも、すかさず届けられる便りはその孤独を和らげる。

妻への和歌の返答率は約3割という残念さ

一方で、兼家は姿も見せず、便りも来ず、出番は非常に少ない。

ちなみに、真面目な研究者たちが律儀に数えたところ、『蜻蛉日記』に含まれている歌は全部で261首だそうだ。そのうちに、みっちゃんが詠んだものは119首であり、それに対して兼家作は……たったの41首だ。

みっちゃんの歌はすべて返しを求めるものとは限らないと言っても、夫が連絡を寄越してきた回数はその3分の1という勘定になるので、ほとんど返事をいただいていないような状態だ。寂しさを増幅する音に続いて、相手の沈黙がさらに作者の孤立を際立たせている。

次ページ時間の経過に関する表現にも大きな「差」
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