「夫セーフティネット」崩壊が突きつける過酷現実 働く女性を襲うコロナ禍の「沈黙の雇用危機」

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3年も働いてきたのに、シフトが入っていなかったことで契約はないことになるのか、と驚いた。同僚には学費や生活費を稼ぎ出していた学生バイトもいて、こうした計算方法によって3000円程度しか支給されず、途方に暮れていた。

5月も収入ゼロが続いた。いつ戻るかわからないシフトの復活を待って、食費を切り詰め、貯金を取り崩して生活を続けた。政府の緊急小口資金貸付の利用も考えたが、借金が増えたら怖いと二の足を踏んだ。悩んだ末に6月、ネットで知った個人加盟の労組に駆け込んで会社と交渉し、シフトはようやく復活した。だが週3日、1日4時間に縮められ、収入は半分近くに減った。会社が休業手当を申請してくれないときに個人で申請できる休業支援金も始まったが、伊藤らが働く大手企業は対象外だった。

2021年1月、その店舗が閉店し、他の店舗での仕事を紹介された。移った先の店舗では、仕事の確保は正社員が優先され、週1~2回、1日3~4時間のシフトしか組んでもらえなかった。やむなくほかの会社の事務パートとのかけもち就労を始めた。ところが、店のシフトは直前に決まるため予定が立たず、事務パートの日数を増やせないまま家計は逼迫を続けた。

そのころ、ようやく休業支援金が大手にも拡大された。伊藤は昨年の休業分をさかのぼって申請し、一息ついた。だが、会社は最後まで、シフトが入っていない非正社員の休業手当は認めなかった。正社員は数百人。店を実質的に支えるのは数千人の非正社員だ。納得できず、2021年7月、伊藤は未払いの休業手当の支払いやシフトの増加を求めて提訴、係争中だ。

「繁忙期や人員が不足している時には残業し、何日も連続で出勤した。店長の代わりのような業務もこなし、責任者のような働き方で会社に貢献してきた。それなのに正社員と大差をつけられる。子育てで長時間働けない女性の弱みにつけこんで極端に不安定なシフト制に貼り付ける。これって性差別では、と思えてくる」と伊藤は言う。

非正社員の労働は「家計補助」という壁

雇用は働き手の生活を支え、命をつなぐ重要な手段だ。とすれば、伊藤の例のように、会社の都合ひとつで極限まで労働時間を削ることができ、収入を保障するセーフティネットもない働かせ方を雇用と呼べるのか。

それが不思議にも思われずに来たのは、非正社員の労働は「家計補助」にすぎないという暗黙の社会の了解があったからだ。

「パートなどの非正規労働は、子育てや家事に都合がいい働き方として主婦が勝手に選んだ」とする自己責任論と、「夫という大黒柱があるからクビになっても経済的自立ができなくても問題はない」という「夫セーフティネット」論によってその待遇の不安定さは放置された。

そうした中で、非正規労働者は女性や若者を中心に働き手の5人に2人に増え、コロナ禍直前の2019年には働く女性の56%に達し、「シフト制」という極限の不安定雇用も横行するようになった。

だが実は、非正規女性のうち「夫」がいる女性は6割弱。残り4割強は、シングルマザーなどの世帯主や単身女性だ。

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