厳しい経営環境に直面している中で、県内では面白い方向に舵を切る企業も出てきている。例えば前出のつばめ交通は、人材が欲しい状況下でも経験者採用はまったく行わずに、逆に業界未経験者を優遇して、そこに年齢制限は設けないというようなスタンスを30年以上貫いている。
慢性的な人材難の状況の中でも、あえて採用を限定している理由を代表の山内氏に聞くと、こんなふうに話す。
「広島はドアサービス(送迎の際にドアをあけて迎え入れること)を実施している会社が多いなど、実はサービスのレベルが非常に高いエリアなんです。だからお客さんが乗る会社名を選ぶ傾向があり、競争が激しい。そういう視点からも“色がついた”経験者より、時間をかけてでも真っ白な未経験者のほうに教えていくほうが、経営指針がブレにくいんです」
同時に外国人観光客が多い地域性だけに、英語やフランス語、中国語に堪能なドライバー育成にも尽力しているという。「やはり広島という街を、タクシードライバーを通して深く知ってほしいですから」と山内さんはいう。これらの取り組みは通常利用だけではなく、首脳会談などの際は外務省や海外VIPからわざわざ広島のつばめ交通を指名され、派遣されるということからも十分な成果を上げているといえるだろう。
ここまで接客に重点を置いてこられたのは、逆説的には市内の市場がこれまでは十分にあったからでもある。だが、これは中国地方では広島市内のみの話であり、郊外に出ると状況は一変する。そんな広島市だけに存在した“流し特権”すら、コロナや人口減少と共に、すでに変化しつつある。当然タクシー会社も、新しい形を模索しなければ生き残れないという危機感を募らせている。
いかに安心を提供できるかが大事
今後地方タクシー会社が生き残っていくために、必要なことは何か。改めて山内氏に聞くと、いかに安心を提供できるかという点だと断言した。
「広島に限らず全国のタクシー業界は、AIやITですべてを省略化する方向と、人間にしかできない仕事を突き詰めるか、という二極化が進むと思います。われわれはロボットやネット上で出来ないことを掘り下げていこうということに幅を振っているんです。なぜなら少子高齢化が深刻な地方ほど、そういった部分が大事なので。
この業界は旅客運送業ですが、われわれは自分たちのことを『安心提供業』と位置づけています。その想いでハイヤーやデリバリー事業も展開したら、ぐっと楽になりました。地方ほど、安心を“人”が提供するという視点がないと生き残りは難しいのではないでしょうか」
地方都市ながら都心並みの流し営業の市場があった広島市内といえ、タクシーを取り巻く状況の厳しさに変わりはない。それでも筆者があえて広島を特殊と表現するのは、単なる乗車回数の多さや市場だけではなく、利用者に対してオープンで、どこか人情味を感じる接客面が印象に残っていることも理由の1つだと感じている。
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