日本の「経済安全保障」絶対押さえておきたい論点 国家安全保障戦略と目的は同じでも手段は異なる

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また、「安全保障例外」をめぐる解釈の違いにも注意する必要がある。中国では「安全」と「安全保障」の区別が曖昧で、「安全保障例外」を「国家安全」にかかわる問題、例えばデータローカライゼーションなどに適用してくる可能性は高い。

ルールに基づく国際秩序と経済安全保障は矛盾する部分が多い。ゆえに中国などが「安全保障例外」を濫用しないよう、ルールの適用を限定していく一方で、日本の経済安全保障を確保していくことを可能にするルール作りが求められる。

国家安全保障としての経済安全保障

経済安全保障は、これまでグローバル化によって恩恵を受けてきた産業やビジネスに変更を加えるものである。自由貿易原則や資本の自由移動によって最適化されてきた生産体制やサプライチェーンを、安全保障の観点から修正し、制限していくことである。それは経済的な合理性とは異なる選択にならざるをえない。

経済安全保障は国家安全保障戦略と目的を同じくしつつも、その手段において異なるものである。いわば、経済安全保障は、常時グレーゾーン事態に対処するようなものであり、他国による一方的な貿易制限措置や制裁に警戒しつつ、同盟国・友好国との関係を通じて安定した経済活動を可能にする基盤を作っていく必要がある。

そこで重要になるのは、「戦略的自律性」を高めるだけでなく、国際社会を安定させ、国際ルールに基づいて貿易や投資が継続されることである。日本が「戦略的不可欠性」を持つのは、単に他国を抑止するだけでなく、それを国際ルール作りのパワーに転化し、日本が国際秩序を安定させるためのリーダーシップを発揮することである。

すでに日本はトランプ政権が一方的に脱退したTPPを何とかまとめ上げ、CPTPPとして再出発させたという実績がある。こうした国際ルールに基づいた秩序を作るパワーを持つことこそ、経済安全保障を実現する最も有効な手段なのである。

(鈴木一人/東京大学公共政策大学院教授、アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員)

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『地経学ブリーフィング』は、国際文化会館(IHJ)とアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)が統合して設立された「地経学研究所(IOG)」に所属する研究者を中心に、IOGで進める研究の成果を踏まえ、国家の地政学的目的を実現するための経済的側面に焦点を当てつつ、グローバルな動向や地経学的リスク、その背景にある技術や産業構造などを分析し、日本の国益と戦略に資する議論や見解を配信していきます。

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