6年前、父を亡くした娘が結婚に踏み切れない訳 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(2)

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路子は、どこから何を説明すればいいのかわからず、途方にくれたように立ち尽くしている。
不意に数が、

「本当にいいんですね?」

と、路子に尋ねた。

何も言わなくても、路子がここに来た理由を察している。

だから数は、

〝過去に戻っても、あなたのお父さんを助けることはできません。それでもいいんですね?〟
こう、言っている。

路子は息を呑んだ。

自分でも、どうしてここに戻ってきたのかよくわからなかったからだ。過去に戻っても父を助けられないことはわかっている。いや、もしかしたら、助けられるのではないかという淡い期待のようなものがあったのかもしれない。

(もしかしたら……)

それだけだった。

もしここで、

「なぜ、過去に戻ろうと思ったんですか?」

と質問されていたら、はっきりとした理由のない路子は過去に戻ることを断念していたかもしれない。

だが、念を押されている。

「本当にいいんですね?」

と。

路子はうつむいたまま、

「母が亡くなった後……」

と、独り言のように語りだした。

「あの日に戻してください」

「父は男手一つで私を育ててくれました。東京の大学に行きたいという私のために昼も夜も働いて学費を出してくれたというのに、私はそんな苦労も知らず、大学ではろくに勉強もせず、だらだらと遊びまわっていただけ……。ただ、地元を離れて自由になりたかったんです。父の存在を疎ましくさえ思っていました。だから、あの日、父が会いに来てくれるまで父からの連絡を無視しつづけ、実家に帰ったこともありませんでした」

数は何も言わず、相槌(あいづち)も打たず、ただ、静かに路子の言葉に耳を傾けている。

「私は、そんな父に、ひどいことを言って追い返してしまったんです。まさか、あんなことが起きるなんて思わなかったから……。せめて、謝りたい。父に一言謝りたいんです」

言葉に出してみて、路子は自分でも驚くほどはっきりと理解した。自分がここに戻ってきた理由を……。

「お願いします、私をあの日に、父を追い返してしまったあの日に戻してください」

路子は数に向かって深く、深く頭を下げた。

パタン

不意に、部屋のすみから小さな音がした。音につられて路子が視線を走らせると、それは白いワンピースの女が、読んでいた本を閉じる音だった。

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