6年前、父を亡くした娘が結婚に踏み切れない訳 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(2)

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祐介が路子の知り合いだとわかって、流は高竹に向かって(迎えに来てくれる人がいてよかった)と胸を撫(な)でおろすそぶりをしてみせた。高竹は(まだまだ安心はできない)と顎をしゃくってみせて、二人のやり取りを見守るように促した。

「それで、どうだった? お父さんとは会えたの?」

祐介がそう尋ねた瞬間、路子は勢いよく席を立った。

流も高竹も、そして祐介さえも、路子が急に立ち上がったので驚いたように目を丸くする。

「ごめん」

「え?」

「やっぱり、私、結婚できない」

路子はそう言い捨てるとショルダーバッグから財布を取り出し、千円札を雑にテーブルに置いて、駆け足で店を出て行ってしまった。

「路ちゃん!」

カランコロン

路子を追いかけようとする祐介の前に、

「ちょっと、キミ」

と、高竹が声をかけた。

「え?」

「彼女、過去には戻らなかったのよ」

祐介は、突然、見知らぬ女に声をかけられて困惑した表情を見せる。

「あ、え?」

「高竹さん?」

面食らったのは祐介だけではない。流が眉を顰(ひそ)める。

「す、すいません」

流は大きな体を縮めて祐介に頭を下げた。

しかし、祐介も追いかけようと思えば高竹を無視して追いかけることはできたに違いない。だが、それをしなかった。できなかった。

「彼女、過去には戻らなかったのよ」

「え?」

「戻っても、その、お父さんを助けることはできないから……」

高竹に路子の状況を説明されて、祐介は小さなため息をついて、

「そうでしたか……」

と、つぶやいた。

「彼女がお父さんを助けられないことと、あなたたちが結婚できないことに何か関係でもあるの?」

高竹は、静かな落ち着いた声で尋ねた。

祐介の目が、テーブルの上に残された路子のハンカチをとらえる。

「彼女は、自分だけ幸せになるわけにはいかない、と……」

ハンカチを手に取った祐介が、消え入りそうな声でそう言った。

「どういうこと?」

祐介は深呼吸をして、ぽつりぽつりと語りだした。

「この六年間、彼女はここでお父さんを追い返してしまったことを、ずっと後悔して生きてきました。聞いた話だと、閖上に津波が押し寄せてきたのは最初の揺れから一時間も経った後だったそうです。だから、彼女のお父さんは、一時は漁港の方々と一緒に避難していたらしいのですが、突然、預金通帳を取りに戻ると言いだしたらしく……」

「預金通帳?」

「漁港の方たちも、そんなの後でいいだろと言って止めたそうなのですが『あれは、娘が嫁に行く時のために貯(た)めたものだから』と言って……」

それ以上は言葉にならなかった。

あの日、テレビ中継で目撃した悲惨な光景がフラッシュバックする。

高竹も流も、思わず目を伏せ、

「どうすることもできないわよね?」

「そうですね。こればっかりは……」

と、つぶやいた。

心の問題は、当事者でなければ解決できないこともある。

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